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*
縁側から、裸の足先を地面に落とす。
ひんやりと冷たく、少し温もった足先が痺れた。
「……」
首筋に冷たい感触がして天を仰いだ。
重く垂れこめた雲が、空を覆っている。
今にも泣きだしそうな空は、いっそ僕の代わりに泣いてくれたらいいのに。
背中の冷たい塊は、僕の体温を奪う。
すべて吸いつくして、僕も同じ場所に連れて行ってくれたらいい。
吐き出した息が白い。
菊の花が揺れる。
冬の匂いがした。
僕は彼の身体を穴に横たえた。
穴は少し大きくて、彼は、僕にとって其れだけ大きなもので在った事。そして、思っていた以上に、彼は小さく、しな垂れて行ったのだという事を思った。
彼の下腹部は膨れていた。
其れは生への執着のようだった。
僕は屈み、彼の横に眠って見た。
此の小さな穴は、僕と彼だけのもののように思えた。
冷たく硬い腕を枕にし、僕は独逸の鎮魂歌を唄った。
声無き歌は、空に飲み込まれるより先に、地に染みて行った。
一片、
雪が彼の頬に落ち、暫し留まって漸く解け、横に流れて行った。
杳
彼の弟は、彼を迎えにきたのだろうか。
最期の一句。
彼の声は愛おしいものを呼ぶ声だった。
僕は身を起こし、彼の頬に留まった雪を口に含んだ。
最期の接吻だった。
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