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第3話 親愛なるだれか

チャイムで目が覚めた。 二時間目の体育の後は、確か地学だった。じゃあ次は英語だ。 けだるい身体を起こすと同時に、カーテンが勢いよく開けられた。 「お、起きてるな。授業いけるか?」 「はい」 何でもないように振舞ったが、そういえば俺は、こいつにゲイだってバレたんだ。 「…本当か?さっきより顔色が悪いぞ」 「え…」 確かに一時間以上寝たのにもかかわらず倦怠感は治るどころか増しているような気がする。息も心なしか荒くなっている。 そんな俺の様子を見て江藤は近寄って来て俺の額に手を当てた。 「ッ、なにを……」 「じっとしてろ」 そう言って自分の額にも手を当てている。俺に熱があるかを確かめている。 短い時間がとても長く感じる。 「熱あがってるな…お前もう帰れ」 「…いや、大丈夫です、授業行きます」 ベッドをでてスリッパを履こうとしたところ、肩を抑えられた。 「お前、意味わかってる?38.0°位あんだって、そんなんで授業でさせらんねーよ」 「………でも…」 そんなこと言ったって、家に帰るのはまずいんだ…… 「…なんか事情があんのか?」 「いや、ないですけど……」 「……なんかあるんなら相談したって、いいんだぞ」 「ないって言ってるじゃないですか、ほっといてください…」 なんでこの男はこんなにお節介なんだ。誰にだって知られたくないことの、一つや二つあるもんだ。 「……そんなに帰りたくないなら、授業が終わるまでここで寝てるといい」 やむなしといった様子で、江藤は言った。 「…いいんですか」 「ああ、別に困ることもない」 ほっと息をついていると、江藤が冷えピタを持ってきて手渡してきた。 「貼っとけ、それと、荷物俺が持ってくるし先生にも俺の方から言っとくから、いいな?」 「…ハイ…」 甲斐甲斐しく色々やってくれることに驚いた。 「あ…ありごとうございます」 「どういたしまして」 そういうと江藤はすぐに保健室から出ていった。 ドアがしっかりしまったのを聞いて、深いため息を漏らす。 とりあえず、家に帰る事態を避けられてよかった。 家には母親がいる。夜にはいない、母親が。 それにしても、保健室の先生とはいえ人に優しくされるのは久しぶりだ。いくらでも自分を繕うことができると思っていたが、まさか優しくされることに戸惑うなんて、なんて皮肉だろう。そう思いながら自嘲気味に一笑した。 「………い、おい」 意識が浮上する。ベッドの中に入っていたらいつの間にか寝てしまったらしい。 「鞄持ってきたぞ、水分持ってるか?」 横に立つ江藤を見ると手に俺のスクールバッグが握られている。 「持ってないです」 声が少し掠れていた。 「そうか、お茶持ってきてやるから、ちょっと待っとけ」 ありがとうございます、と小さな声でお礼を言う。確かに喉が渇いていた。 「はい」 「すみません…」 渡された紙コップに注がれたお茶を飲む。 「よし、そんじゃあまた寝とけ。昼になったらまた起こしに来るから」 「せんせい」 熱で弱っているからだろうか、それともこんな、汚いゲイの男に優しく普通に接してくれるから? なんだか泣き出しそうで、そんな自分がまた気持ち悪い。 「ゲイってこと、気持ち悪くないんですか」 声が震えてしまった。 情けない、恥ずかしい。こんなこと聞いて、否定されるってわかってるのに。 ありもしない期待を抱いて、他人に本性を曝すなんて。 ああ、なんでこんなこと聞いてしまったんだろう。取り消したい、今日のことも全部なかったことにしてしまいたい。 「気持ち悪くないよ、全然。」 なんでだろう。 いつもなら、そんなの嘘だって思うはずなのに。信じないはずなのに。 この人の言葉は、嘘じゃない気がする。 この人は、もちろん俺のすべてを知っているわけじゃない。知らない男と一夜限りのSEXをしていると言ったら、流石に軽蔑するんだろう。 でも、ただただ今の俺にはその言葉が酷く温かい言葉に聞こえた。 涙が浮かんできて、それを知られるのが嫌で、ふぅん、となんでもない事のようにベッドに横たわった。 先生は黙って、俺の頭を人撫でして行った。 先生の手は、大きかった。

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