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第4話 親愛なるだれか
少しだけ、過去の話をしよう。
俺は、今となってはウリで小遣いを稼ぐどうしようもないゲイだが、なにも最初から男が好きなわけじゃない。
俺は、自分が男か女か、なんて考える間もなく男に犯された。
あれは、確か母親が本当の父親と離婚して数か月、まだ俺が小学生の頃の話だ。
母親はその頃から夜の仕事をしていた。そこで知り合ったのが大宮という背の高くてガタイもいい男だ。母親は、いつも不安定でちょっとしたことで子供の俺に手を上げるようなどうしようもない女だったが、その男といる時は、幸せそうにしていた。
やがて大宮は母親と俺が住んでいたマンションに入り浸るようになる。母親は、そのことを喜んでいた。
確かに大宮は、元気のない母親を気にかけ、わざとらしく薬局で買ってきたドリンクなどを母親に渡したりなどしていて、一見して優しい男のように思えた。
夜になれば、母親と大宮の情事の声が、薄いドアを隔てて聞こえてきたこともあった。
大宮は、俺に対しても優しい男に勤めていた。最初のうちは。
大宮が半同居のような形でマンションに入り浸り始めて一か月半ぐらいがたったときだった。大宮の俺を見る目が徐々に変わってきていた。
今までは目が合ったらにこりと笑っていた目が、だんだんと笑わなくなり、ねっとりとした熱を孕んだ目で俺を追うのだ。
今の俺なら、きっと気づけていたその視線も、当時の俺にはただただ不思議なだけだった。
そして、その日はくる。
夜遅く、寝ていた俺の布団を大宮が勢いよくはぐった。
俺の口に、大宮はハンカチを丸めたものを突っ込みその上からネクタイで縛った。声が出なかった。鼻で荒く息をする俺に大宮は冷めながらもどこか欲に満ちた目で俺を見下ろしていた。
大宮は怖くて恐くて震える俺の服の裾をまくり、愛撫した。やがてその手はパンツの中に滑り込んで、身をよじって逃げようとしてもがっちりと掴まれた大男の力には敵わなかった。まだ剥けてもいない一物をしごきながら男は興奮した様子で
「気持ちいいか」
と繰り返した。声の出ない俺は何を言っているかもわからず、ただただ逃げようと暴れるだけだった。
その様子に痺れを切らした大宮はやがて完全に勃起した自分のモノを取り出し、息を荒らしながら
「これをお前のここに入れちまうから、」
と指で俺の尻の穴を押して言った。大きく反りあがったモノは、見たこともない、その時の俺にとっての恐怖の塊だった。
慣らすのもそこそこに、まだ幼い俺のソコに大宮は性器をあてがった。指とは比べ物にならない圧倒的質量に、全身が震えた。血の気が引いて、声の出ない代わりに必死で首を振り涙を流して訴えた。
努力虚しく、肉は裂けながらも男の性器は俺の尻に収まった。
激痛と恐怖と混乱。抜き差しされるそれの違和感に、腹の奥の物がせり上がる。
きっとあの夜を、俺は一生忘れることができない。
大宮は、その後俺と何度も体を重ねた。母親に知られたら今度こそ捨てられる、そう思い必死に行為を耐えるうちに、俺は大宮との行為の中に僅かな快感を感じ取っていた。心が壊れるのを恐れた俺の自己防衛だったのかもしれないと、今は思う。気持ちがいいと思わなければ、やってられなかった。
結局そんな生活は三年続いた。
気づけば小学生も終わろうとしているような折に、大宮の浮気がばれたらしい。母親はそんなことを俺に打ち明けるような人ではなかったが、電話口で言い争っているのを聞いてだいたい察しがついた。
俺は喜んだ。
俺の人生で最初で最後、嬉し涙を流すほどに、喜ばしい出来事だった。
やっと、やっとこの日が来た。あの男から解放される。
地獄のような日々を思い出して、それでもそんな日々から逃れられることが何よりも嬉しかった。
しかし、現実はそうはいかない。
大宮と母親が縁を切って数か月、俺は中学生になっていた。
俺は絶望していた。
どうしても、あの快楽を思い出してしまう。
後ろを掘られながら精液を出すことの快感に、脳みそが侵されていた。
もう事態は引き返せないところまで来てしまっていたようだ。
激しい自己嫌悪と、湧き上がる欲求の波の葛藤はそう長くは続かなかった。
俺が中学二年生になる頃には、夜ホテルに入っては男を相手にセックスをする日々だった。
母親は、俺が何時に帰ろうが、怒るどころかそのことさえ知らないようだった。
一度だけ、深夜とも言える時刻に帰宅すると母親がいたことがあったが、俺のことなど見えていないかのように平然とテレビを見ていたので「ああ、そうか、どうでもいいんじゃない。この人に俺の姿は見えていないんだ」などと思った。
だからと言って感傷に浸ったりなどしなかった。
俺にはそっちのほうが都合が良かったからだ。
そして今に至る。
俺は3年間と半年、今もなおこの生活を続けている。
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