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第8話
side蒼
目覚めると、腰に鈍痛を感じ、無理にでも立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。
どうしたものかと思っていると、シュンとした一縷が現れた。
昨夜やり過ぎたと感じているのだろう。
前にもやり過ぎたことがあって、その時に今後意識が飛ぶ程にやり過ぎることはしないと約束したのだ。
「信じられないっ!前に約束したよね?」
約束を破った一縷に怒っていた。
そこまで怒る必要はないし、そこまで怒ってもいない。
「ごめん…完全にやり過ぎた」
「当たり前だよ」
「今日はお世話させていただきます」
「当然っ!」
「何かしてもらいたいことあるか?」
「朝ご飯食べたい」
「ちょっと待ってな。持ってくる」
一縷はキッチンに行き、バターロールとコーヒーをお盆に二人分乗せて戻ってきた。
「今あるのこれしかなかった」
「うん。大丈夫」
寝室で二人で朝ご飯を食べる。
「ご馳走様でした」
持ってきてくれた一縷にお礼の意味も込めて、手を合わせた。
すると、一縷が僕の隣に座ってきた。
「今日は何か予定あるのか?」
「特にないけど?」
「それじゃ、今日は一日ゆっくりしようか」
「久々にそうしよう」
一緒に暮らし始めて、ほとんど一緒にいることがなかった。
僕が研究職だからというものあって、なかなか家に帰って来れなかった。
帰ってきても、シャワーを浴びて、着替えを取りに帰ってくる程度。
さすがに一縷に寂しい思いをさせてるんじゃないかと不安に思っていると、一縷がモゾモゾと隣に潜り込んできた。
(やっぱり一人で寂しかったんだろうなぁ…)
そう思うと無碍にできず、隣に来た一縷にくっついていた。
ゆっくりしていても、時々刻々と新薬の研究は進んでいく。
部下からの定時連絡の電話が鳴る。
そんな時、一縷は僕の服の裾をキュッと掴んだ。
(あの事まだ引きずっているのかな…)
前にシャワーを浴びに帰ってきていた時、一縷が珍しく家で電話をしていた。
立ち聞きはよくないと分かってはいるものの、一縷の声のトーンがいつもより低くて、どんな話を離しているのか内容が気になった。
どうやら僕が留学先の本社の研究部を断って、日本に帰ってきたのは一縷のせいだと思っているらしい。
確かに一縷と一緒にいたかったのは事実だ。
だけど、研究はどこでもできる。
まして、僕は全世界に処方が開始となった新薬を開発した人物だ。
研究費は莫大な金額だけど、その金額を補うだけのスポンサーを見つけようと思ったら、簡単に見つけられる。
耐えられなくなって、リビングのドアを開け、一縷に声をかけた。
「…ねぇ、いち」
「あっ…あお、帰ってたのか?」
「今の電話、どういうこと?」
「聞いてたのか…」
「どういうことなのかって聞いてるの」
「聞いた通りだよ。あおが後悔してないか不安なんだ」
「何で?」
「あおが俺と一緒にいたいから好きな研究できてないんじゃないかって思って」
「好きな研究は今もやってるよ」
「本社の方が設備とかいろいろ優遇されてるだろ?」
「確かにそうだけど、それでも僕はいちと一緒にいたかった。それだけじゃダメ?」
「本当に後悔してないのか?」
「後悔するとしたら、いちと離れていることだよ」
「…ありがとう」
今まで離れていたから、お互いに平気だと思っていた。
だけど、それはすぐに会えない状況に追い込んでいたからであって、今はすぐ会える距離にいる。
ここまで一縷を追い込んでしまっていたと思うと胸が苦しくなった。
それ以降一週間に一日は休みを取って、家で過ごすようになった。
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