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第17話

side一縷 蒼と一緒に家に戻ると、蒼は再び眠りについた。 あの日以来、蒼の睡眠時間は極端に多くなった。 具体的に言うと、半日以上は眠っている。 仕事にも影響が出るといけないと思い、予め蒼の職場には連絡を入れて、直接会社に赴いた。 「研究部部長の柊木靖雄様をお願い致します」 『アポイントメントはお持ちですか?』 「はい」 『少々お待ちください』 『お待たせ致しました。柊木です』 「お世話になっております。先日はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」 『いえいえ、とんでもないです。それで、今回のご用件は?』 「ここでは人の目もあるので、できれば二人きりでお話したいのですが…」 『分かりました。では、会議室を用意しますので、少々お待ちください』 「はい」 『お待たせ致しました。こちらへ』 研究部の会議室をリザーブしてくださったようだった。 席に着き、話を始める。 「研究部の会議室ってこんな感じなんですね」 『極秘の情報やらを話し合うので、完全防音で盗聴の心配もないんです』 「そうなんですね」 『それで、本題なんだが…』 「東条が暴行されました」 『まっ…』 「まさかとは思いますが、本当です」 『相手はもしかして…』 「営業課の飯田さんとおっしゃる方です」 『そうか…』 「何か心当たりでも…?」 『たまに研究部に顔を出していてね…。東条君に懐いているとばかり思っていたんだが…』 「そうでしたか…」 『まさかこんなことをする人だとは思ってもみなかったよ』 「それで、東条がΩなのはご存知ですよね?」 『それは人事の際に重要事項として受け取っているので、知っているよ』 「暴行された後病院での検査で近々発情期が来る予定でした」 『ということは…』 「もしかしたら暴行によって妊娠した可能性があります」 『もう判定は出ているのかい?』 「まだです。病院からは体調不良があればすぐに受診するよう言い遣っております」 『そうか…』 「あの日以来東条は眠ってばかりいて、出社できる状態ではありません」 『具体的には?』 「半日以上寝ていて、精神的にショックだったのかと思います」 『分かった。そちらの方は体調不良で休暇ということにしておく』 「お手数をおかけして、申し訳ございません」 『いや、事が事だからね。君は今後どうするつもりだい?』 「会社には申し訳ないのですが、被害届を提出させていただきます」 『そうだろうね…』 「あんな状態をみすみす見過ごせる程器の大きい男でもないので…」 『会社の方には私の方から言っておこう』 「重ね重ね申し訳ございません」 『いや、こんなことになるなんて誰も予想していなかったからね』 「そうですね…」 『早く帰って東条君の側にいてあげるといい』 「突然の訪問でお時間をいただきましたこと、誠にありがとうございました」 深々と礼をして、会議室を後にする。 家に帰っても、蒼は出て行く前と同じように眠ったままだった。 (どうやったらお前を助けてやれるんだ…) (どうやればお前を眠りの淵から助け出せるんだ…) 蒼が心に大きな傷を作ったのと同様に、俺も蒼を助けてやれないもどかしさを抱えた。 (飯田と言う奴を有罪にして蒼の前から永久追放させてやれば少しが気が晴れるか…?) 蒼の前髪を梳きながら、穏やかに眠る蒼の寝顔を見ていると、珍しく蒼が起きた。 「あお、おはよう」 「…いち、おはよ」 「おなか減ってないか?」 「寝てただけだからそこまで減ってない」 「お粥なら作れるけど少し食べるか?」 「うん。ちょっとだけもらう」 「作ってくるから、ちょっと待っててな」 蒼の頬に軽くキスを落とし、キッチンへ向かう。 少しと言っていたので、茶碗に半分だけの量でお粥を作る。 あまり料理をしないので、少し手間取り三十分程で出来上がった。 (ちょっと時間がかかったから蒼寝てるかもしれないな…) そう思いながら蒼の部屋に行くと、蒼はがんばって起きていてくれた。 「遅くなってごめんな、あお」 「いち、待ってたよ」 「あおみたいに上手に出来てないから不味かったら食べなくていいからな」 「せっかくいちが作ってくれたお粥なのに残さず食べるよ。いただきます」 そう言うと、蒼は少しずつ食べ始めた。 シンプルに塩味にしておいたので、少しは食べやすいのだろうか。 蒼は少しと言っていたが、作ったお粥を完食してしまった。 「いきなりそんなにお腹に入れて大丈夫か?」 「大丈夫だよ。お腹いっぱいで眠くなってきた…」 「そうか。それならもうひと眠りするといい」 「せっかくいちと一緒なの…に…」 蒼の目がトロンとなって今にも寝落ちそうだ。 「そのまま眠っちまえ」 「や…だよ…いち…と…もっと…はなし…た…い………」 蒼は再び眠りについた。 「なぁ、あお。俺はちゃんとお前を守ってやれるのか?」 「あの時あおが離婚を言い出したけど、同意してやればよかったのか?」 「そしたら少しはあおは幸せになれたのか?」 「俺はどうすればよかったんだ?教えてくれよ…あお…」 結婚式以来に泣いた。 蒼を前に泣くなんてみっともないことしたくなかったが、さすがに俺も精神的に参っているようだった。 眠っている蒼が返事をすることはない。 ただの俺の独り言が、蒼の部屋に静かに響いた。

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