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第44話

その後、蒼は助産師さんに連れられて分娩室に入って行った。 予め蒼に立ち会いだけはしないでほしいと言われていたので、分娩室の扉の前で待機する。 扉の向こうから蒼の苦しむ声が聞こえる。 廊下には俺以外誰もいないし、他の音が聞こえないので、苦しむ蒼の声がやたら大きく響いた。 (俺は何もしてやれなくて、すまない…) 蒼が苦しみ始めて、俺は何もできずにいた。 ただ腰を撫でていただけ。 (神様、仏様、どうかお願いです。蒼と子供が無事でありますように) 俺は初めて神に、仏に祈った。 普段は絶対しないこと。 俺は能力主義な部分があって、自分の能力以外は信用していない。 神や仏に頼むような時間があれば、その時間を能力向上に利用した方がよっぽど効率がいい。 しかし、今回は俺個人の能力ではできない範囲の出来事。 出産は命懸けだと言う。 先程の蒼の様子はその通りだと思った。 俺は医者ではない。 蒼の力になることは何もない。 藁をも縋る思いだった。 二人が無事であるようにと祈ることしかできなかった。 蒼が分娩室に入って一時間後、泣き声が聞こえた。 産まれたようだ。 中から助産師さんが出てきた。 『元気な男の子です。新生児室の方へ行けばもうすぐ対面できると思いますよ』 そう言うと、中に入っていった。 俺は膝から崩れ落ちて、安心して腰が抜けてしまった。 気持ちを落ち着かせてから、新生児室へ向かった。 そこにはたくさんの新生児が眠っていた。 その中にひと際かわいい子がいた。 ベッドネームに『東条ベビー』と書かれている。 やはり親だからだろうか。 自分の子を一目で見つけられた。 (起きないかな?) さすがに俺の思いは届かなかったが、少し身じろいだ。 小さい手、小さい足、小さい口。 全部が小さくて、かわいい。 (蒼に似てるなぁ…) そんな我が子と対面していて、蒼のことをすっかり忘れてしまっていた。 急いで蒼の病室に急いで向かう。 「あお、ごめん!」 応答がない。 恐る恐る中に入ると、蒼は疲れて寝ていた。 俺が声をかけたことにも気づかないくらいぐっすりと寝ている。 きっと俺が考えているよりずっと長い時間出産のことが気になっていたのは蒼自身だ。 (あお、お疲れ様) そっと心の中で労いながら、蒼の寝顔を見ていた。

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