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第8話

「落ち着いたか?」 「うん………ごめん、ありがと」  ようやく泣き止んだ俺は、腫れた目を擦った。泣きつかれて、無心になっていた。九条はビニール袋から何かを取り出す。そういえばどこに行っていたのだろう。レジ袋を見るとドラッグストアと書いてあった。 「これ市販のだけど、Ωの発情期の薬。飲むと多少は楽になる。あとゼリーとか簡単に食べられるもの」 「………本当にありがとう」 「いいって。初めての発情期は何かと不安だろう。今までずっとβだと思ってたんだろ?」 「ああ」 「なら尚更だな」  そう言って九条は俺の頭を撫でた。大きな手が、髪をくしゃくしゃにする。俺はパソコンを閉じて、布団の中に入った。目で九条の姿を追う。  買ってきたものを冷蔵庫に閉まって、新しいタオルも取りに行ってくれた。そして上着を羽織る。胸がドキッとした。 「…………帰るのか?」 「ん?ああ、俺も仕事があるからな」 「…………そっか」  そうだ、九条にだって予定がある。いつまでもここにいられるわけじゃない。わかりきっていることなのに。 「この薬飲んどいて」 「…………うん」  枕元に水と薬を持ってきてくれる。俺はその腕を反射的に掴んだ。掴んでからしまったと思う。どうしよう、何て言えばいいかな。 「……………ごめん」 「謝らないで。一緒にいてほしいの?」 「…………うん」  多分俺は九条に側にいてほしいんだろう。腕を掴む手に力がこもる。こうしていないとまた泣いてしまいそうで。  九条は俺の手に自分の手を添えた。そして掴む手を離させる。そして申し訳なさそうにいった。 「悪いな、白夜。俺はそこまで時間はないんだ」 「………わかってる。ごめん」 「だから謝るなって。それに白夜にはまだ言ってなきけど………俺、番がいるんだ」  頭を、ガツンと殴られた気がした。番がいる。俺とは違うΩがいる。そりゃそうだ。もういい歳だし、九条は優秀なαだし。何で気づかなかったんだろう。あんなにも慣れた手つきで俺の世話もしてくれていたのに。  口から乾いた笑いが溢れた。本当に俺は何を期待していたんだろう。 「………そっか。教えてくれてありがとう」 「悪いな、白夜」 「謝るなって言ったのはそっちだろう。俺は大丈夫だから」 「…………じゃあな」 「じゃあな」  去っていく背中を見つめる。今度は引き留めない。"またね"なんて言わない。いや、言えない。冷たく固く閉じられた扉は、俺の心の扉にも鍵をかけた。  例えるのなら、失恋に似ていた。パソコンを開いて、ファイルを開く。そして文字を消していった。泣く少女を慰める少年の姿が消えていく。俺の中の九条も消えていく。  残ったのは本心を隠して悪態をつく少女だけだった。彼女はこれから、誰にも理解されることなく孤独な人生を歩んでいくのだろう。

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