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堕ちゆく月4

……それは…マズイだろう……。 大迫は眉を顰め、ひどく御機嫌な様子の瀧田を、呆れたように見つめた。 桐島貴弘には何度か会ったことがある。プライドの高い桐島家の御曹司は、この篠宮雅紀の自称『恋人』だ。実際の話を聞いていると、一方的な感情を寄せているストーカーとしか思えないのだが……。 ……そんな男をわざわざ呼び寄せて、この狂宴に参加させる?……危な過ぎるにも程があるだろ。 ここは瀧田がこの青年を呼び寄せる為に、特別に用意した貸別荘だ。いつも使っている自分名義の別荘に、連れて行かなくて正解だった。面倒なことになる前に、退散する準備をしておいた方がいいだろう。 大迫は、頭の中で鳴り響く警鐘を感じながら、疲れ果ててうつらうつらし始めた雅紀を見つめた。この綺麗な獲物が次に目を覚ましたら、更に残酷な仕打ちが待ち受けている。 瀧田が優しい手つきで雅紀の柔らかそうな髪の毛に触れ、上掛けをかけてやっていた。そんなに大事そうな相手でも、狂った瀧田が与えてあげられるのは、屈辱と苦痛だけだ。 大迫は以前、瀧田に個人的に興味を持って、いろいろと調べてみたことがある。身内の間でも口にすることはタブー視されている、総一の出生の秘密。桐島本家で、祖父と母親と一緒に過ごしていた頃の噂。覗き見しているうちに薄ら寒くなってきて、大迫は秘密を暴くのを途中で止めた。瀧田総一の過去はパンドラの箱だ。開けてしまったら、どんな陰残な真実が飛び出してくるか分からない。 「俺もシャワーを浴びて少し休むぞ。隣の部屋にいるから、貴弘さんが到着したら呼んでくれ」 「ええ。どうぞごゆっくり…」 瀧田は大迫の方を見ようともしないで、雅紀の髪を愛おしげに撫でながら答えた。大迫は床に落ちていたネクタイを拾いあげると、眠る雅紀の顔を一瞥してから部屋を出て行った。 貴弘は、電話を切ると、目の前の赤い煉瓦造りの瀟洒な建物を見上げた。建物から少し離れた路上に停めてあるのは、以前早瀬暁のことを調べさせた時に報告を受けた車だ。 間違いない。雅紀はここにいる。 どうして、父親ではなく秋音に電話をかけてしまったのか、自分でも分からない。自分に万が一の事があった時、父ならば雅紀を助け出すことが出来るかもしれない。そう思って保険の為にスマホを取り出したのだが……。 電話帳を開いて、桐島大胡の名前をタップしようとして、ふいに雅紀の哀しげな顔が浮かんだ。 『……ごめんなさい。俺、貴方の所には…行けない。俺は…暁さんが…好きなんです』 瀧田のセカンドハウスで、早瀬暁を抱き締めながら、雅紀が自分に言った言葉がよみがえってくる。 先日、雅紀から電話をもらって、貴方の所に戻りたいと言われた時、嬉しかったが何かが引っ掛かった。電話口の雅紀の声は震えていて、予め決めておいたセリフを言っているような、感情の伴わない声に聞こえた。 だから、きちんと顔を見ながら話をして、雅紀の心が本当はどちらにあるのか、確かめたいと思っていた。 瀧田の横槍で拉致される直前まで、雅紀は秋音と一緒にいたらしい。自分の所に戻りたいと電話してきてからも、雅紀は恐らく自分の意思で、秋音の側にいたのだ。 思いがけず雅紀の方から電話をくれたことが、かえって貴弘の頭を冷静にしていた。感情の部分では、雅紀はやはり自分の方が好きで、秋音にいやいや付き合わされているのだと、思いたがっている。だが、少し冷えた頭の部分が、それは違うのではないかと疑い始めていた。 貴弘は、大きなため息をつくと、嫌な考えを頭の隅に追いやった。 とにかく今は雅紀を、狂った総一の手から救い出すことが最優先だ。全てはその後で、雅紀に直接確かめてみればいい。 貴弘は屋敷の門に歩み寄ると、インターフォンのボタンを押した。 重厚な玄関ドアが開いて、顔を見せた瀧田は、最近見たこともない位の御機嫌な表情で 「ようこそ。雅紀は待ちくたびれて眠ってますよ」 瀧田の弾んだ声音に、貴弘は憮然としながら頷いた。 「会わせてくれ」 「ほら、見てください、あの寝顔。雅紀は本当に綺麗ですね。まるで天使みたいだ」 瀧田が指さす方を見ると、天蓋付きの豪奢なベッドの上に、純白のシルクのナイトドレスを着せられた雅紀が横たわっていた。 確かに人形のように綺麗だが、寝顔が安らかには見えない。 「また薬を使ったのか?」 「軽いものを少しだけ。調教師が生の反応が見たいとうるさかったんです」 「調教師?……あの大迫という男か」 「今は隣で休んでますよ。彼のおかげで雅紀の身体は更に感度が増してます。……早速試してみますか?」

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