303 / 357

狂気の果てに浮かぶ月3

部屋に田澤たちが飛び込んでくる。 「暁っ」 「瀧田を押さえてくれっ。貴弘が刺されたっ」 秋音の言葉に、古島たちがすかさず動いた。瀧田に飛びかかり2人がかりで押さえつける。 「暁っ。刃物は抜くなよっ。今、救急車を呼ぶからなっ」 叫んでスマホを取り出した田澤に、秋音は頷いて、抱き起こした貴弘の顔をのぞきこむ。 「おいっしっかりしろっ。今、救急車を呼んでいるからなっ」 貴弘は苦しげに顔を歪めながら、雅紀の方を見ようと身をよじる。 「ま……さき……。雅紀、は、無事か……?」 「……貴弘さんっ」 「大丈夫だ。雅紀は無事だ。だから動くな。じっとしていろ」 「まさき……の、枷を、外して、やってくれ。……すまない……まさ……き」 「分かった。今、ちゃんと外してやるからな。だからそれ以上、喋るな」 「……っ貴弘さん……じっとしててっ……お願いだからっ動かないで。俺……っ俺は、大丈夫、だからっ」 「雅紀……すまなかった……。……ぅ…っ」 貴弘はぐぅっと呻くと、秋音の腕の中で小さく痙攣して、やがてぐったりと動かなくなる。 「貴弘さんっ貴弘さんっ貴弘さんっ」 遠くからサイレンの音が近づいてくる。田澤の部下達に手足の枷を外してもらった雅紀は、泣きながら貴弘の身体に手を伸ばした。 「貴弘の容態は?」 「あ……っ大胡さん」 田澤は大胡に駆け寄ると 「今まだ手術中です」 「そうか……」 大胡は青ざめた顔で、手術室の扉を見つめた。 「……篠宮くんは……どうしてる」 「暁が付き添って病室の方に。怪我はなかったんですが、薬とショックのせいでパニック起こしちまって……。鎮静剤を投与されて、今眠ってます」 大胡は痛ましげに顔を歪め、額に手をあてた。 「彼には可哀想なことをした……。本当に言葉もない。何てことだ……」 呆然と呟く大胡の表情には、疲労と苦悩の色が濃い。田澤は大胡をソファーに引っ張っていって座らせると、自分も隣に腰をおろした。 「瀧田くんの方は?」 「警察に勾留されている。会いに行ったが面会は出来なかった」 「んじゃ、どんな様子かは分からないんですね」 「ああ。捜査官の話では、放心状態のまま、取り調べには完全黙秘を続けているらしい。精神鑑定の必要があるか聞かれたよ。あれの母親は入院中だ。親代わりは私だからな。貴弘の容態次第では、またすぐに向こうへ行かねばならないだろう。……田澤、おまえにも、事務所の人間にも世話をかけて……本当にすまない……」 「何をおっしゃってるんです、水くさい。昔、あなたに救って頂いた恩返しだ。遠慮なんか要りません。俺に出来る限りの協力をさせてもらいますよ」 「……すまないな。ありがとう」 大胡は弱々しく微笑んで俯き、両手で顔を覆った。 「……?」 目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドの上だった。仕切りのカーテンや造り付けの収納棚やテーブル。どうやらここは病院らしい。鉛が詰まったような重苦しい頭を動かして周りの様子をうかがうと、ベッドの脇で、秋音が椅子に座ったまま、うつらうつらしている。 「……あき……と…さん……?」 雅紀が掠れた声で呼びかけると、秋音ははっとして目を開け 「雅紀。目が覚めたのか」 立ち上がって顔を覗き込んでくる。雅紀が微かに頷いて微笑むと、秋音はほっとした顔になり、手を伸ばして雅紀の頬を優しく撫でた。 「どうだ、気分は。気持ち悪くはないか?」 「だい……じょうぶ……。でも……喉が……からからで…」 秋音は急いで備え付けの冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して、キャップを外すとストローを挿して、雅紀の口元に持っていってやる。雅紀は3分の1ほど一気に飲んで、ストローを口から離すと、ほぉ……っと吐息をもらし 「ありがとう……秋音さん」 「吐き気や眩暈はしないか?頭痛は?」 雅紀は恐る恐る首を左右に動かしてみてから 「……ううん、大丈夫、みたい。でもちょっとぼやーっと、してるかも…」 秋音は雅紀の髪の毛をそっと撫でて 「薬のせいで丸一日眠っていたんだ。急に動くと目が回るぞ。まだあまり動くなよ、安静にしていろ」 雅紀は目だけ動かして周りを見てから 「ここは……病院……?……俺……どうして…」 投与された精神安定剤や睡眠薬の効果が、まだ完全に抜けきっていないのだろう。雅紀の表情はぼんやりしていて、少し気だるげだ。秋音は安心させるように、にっこり笑ってみせて 「詳しい説明は後でしてやるが、ここは○○にある病院だ。俺がずっと側にいるから何も心配は要らない。だからもう少し眠っていろ」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!