307 / 369

凪4

「あいつの想いに応えられない以上、おまえが貴弘にしてあげられるのは、きっぱりと自分の意思を伝えて拒絶することだけだ。そうすれば、貴弘は前を向ける。また誰か他の人を愛することも、出来るかもしれないだろ」 「……そっか……。うん。そうですよね…」 雅紀は目に涙を滲ませて、こくりと頷いた。暁はちょっと苦い顔になって、顎をぽりぽりと掻き 「ま。偉そうなこと言ってるけどさ。あいつの気持ち、分からなくはねえんだ。俺だって、もしおまえがもう俺のこと好きじゃない、他に好きな人が出来たから別れる、な~んて言い出したらさ、簡単に諦めるなんて、やっぱ出来ねえよ。泣いて縋って未練たらしく追いかけてさ、おまえのこと困らせちまうかもしんねえ」 溜息混じりの暁の言葉に、雅紀は潤んだ目をまん丸にして 「泣くのっ?暁さんが?」 「おい。なんでそこで驚くんだよ~。泣くぜ。当たり前だろ。俺がどんだけおまえのこと好きだと思ってんだよ」 雅紀は泣き笑いの表情を浮かべて、暁に抱きついた。 「大丈夫。俺、他の人好きになんか、ならないから。これから先ずーっと、俺は貴方のことしか好きじゃない」 暁は、雅紀の身体をぎゅーっと抱き締めた。 「そっか……。それ聞いて安心したぜ。んじゃ、俺はおまえのもんで、おまえは俺のもんだ。これから先ずっとな。一緒にさ、同じ未来見て歩いて行こうぜ」 「……はいっ。……あの、暁さん?」 「んー?何だ?」 「あのぉ……。今のって……プロポーズ?」 「おう。そうだな。俺からおまえへのプロポーズだぜ」 雅紀はもぞもぞと暁の腕の中から抜け出すと、シーツに両手をついて頭をさげ 「じゃあ、えっと……不束者ですが、宜しくお願いします」 そう言って、上目遣いに暁を見上げた。暁はちょっと呆気にとられた顔で、まだうるうるしている雅紀の大きな瞳を見つめた。 ……うわぁ……ちょっ待て。その顔はダメだろ。可愛すぎっ。っつか、三つ指ついて不束者ですが……とか、何なの?こいつ、めっちゃ愛おしいんですけど。くっそぉおお。食べちまいたいっっ。 一気にテンションが上がって、暁は雅紀の顔を両手で挟み込むと、噛み付かんばかりの勢いでその唇を奪った。 「……っ!?」 雅紀は一瞬何が起きたか分からず、驚きに目を見開いた。唇を割られ、暁の熱い舌が侵入してくると、慌てて目を瞑り、口付けに応える。 「…ん……っぅん……んふ……んぅ…っ」 雅紀の鼻から漏れる掠れた甘い声と、ちゅくちゅくと響く水音がヤバい。 暁は雅紀の胸元をまさぐり、ボタンを外してシャツの隙間から指を差し入れた。小さな胸の尖りを探り当てて、指先でくるくると転がす。雅紀はびくんびくんと震えて、悪戯を止めさせようと、暁の腕を掴んで身を捩った。 鼻から漏れる声に甘さが増す。その声に煽られて、暁は思わず雅紀の身体をベッドに押し倒しかけ、焦った雅紀の繰り出す蹴りを、下腹部にモロに受けて悶絶した。 「~~~っ」 「暁さんのバカぁっ。ここ、病院だからっ」 「あらあら、どうしたの?2人とも。喧嘩でもした?」 早瀬のおばさんが部屋に戻ってくると、雅紀は暁に完全にそっぽを向いて壁の方を見ている。暁は叱られたワンコみたいに、大きな身体をしょぼくれさせて、隣のベッドに腰をおろしていた。 「いや。喧嘩っつーか……俺が調子に乗り過ぎただけって感じ?」 おばさんはちょっと不思議そうに暁を見て首を傾げてから、雅紀の側へ行くと 「雅紀くん、プリン食べる?おばさん特製のミルクプリンよ」 その言葉に、雅紀は即座に反応して振り返った。 「えっ?手作りですかっ?」 おばさんはにっこり笑って 「お店で出そうと思って試作してたものなんだけど、良かったら食べてちょうだい」 雅紀の顔が何故か真っ赤なのに気づいて、おばさんは眉を潜め 「熱でもあるの?顔が赤いわ」 「やっ、えーと……熱は、多分、ないです…」 雅紀は慌てて首を横に振ると、隣のベッドにいる暁を睨みつけた。恐る恐る様子を窺っていた暁は、雅紀に睨まれてそっぽを向く。 ……んな可愛い顔して睨んだって、ぜんっぜん怖くねえし。 おばさんはまた首を傾げ 「そう。具合が悪かったら遠慮なく言ってね」 「はい。ありがとうございます。わざわざ来て頂いてすみません」 「いいのよ。大事な息子の一大事なんだもの。さ、食べて」 おばさんの言葉に雅紀は嬉しそうに微笑むと、食事用のトレーに出された、大きなプリンの前で手を合わせた。 「はいっ。じゃあいただきます」 瓶を手に取ってスプーンですくって口に入れる。ふるふるのプリンは、どこか懐かしい優しい味がした。 「ん~っ。美味しいっ」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!