308 / 358
凪5
ふにゃんと幸せそうな顔になる雅紀に、おばさんは微笑んで
「そう、良かったわ。暁、あなたもこっちに来て食べてみて」
「お。俺のもあるんだ?んじゃ遠慮なくご馳走になりますよ」
雅紀が必死に目配せしているのに気付かず、暁は嬉々として雅紀のベッドに歩み寄ると、おばさんからプリンを受け取ってベッドの端に腰掛け、スプーンで1口食べてみて
「ん~っ。美味いっ。やっぱおばさんの作るスウィーツは絶品だよな。この優しい味がさ、どうやっても俺には出せな…」
「秋音さんっ!」
雅紀は堪らず大声で遮った。暁は驚いて雅紀を振り返る。
「おまっ。病室でなんつー声出してんだよ」
「んもおっ。秋音さんでしょ。さっき自分で言った癖にっ」
暁ははたっと気づいて目を見開き、呆れ顔の雅紀と目を見合わせてから、恐る恐るおばさんの方を見た。おばさんは怪訝な顔で暁を見つめていた。
「あなた……暁なのね?秋音さんにしては、どうも話し方がおかしいと思ってたのよ。……記憶が戻ったのね?」
おばさんに顔を覗きこまれ、暁はバツが悪そうに頭をかいた。
「んー。ま、戻ったっつうか……なんつーか…」
「じゃあ記憶は全部繋がったの?昔のことも、思い出せたのね」
「ん、ああ…」
おばさんは目を潤ませて微笑み
「良かったじゃない、暁。ようやくあなたの願いが叶ったのね」
涙ぐんで喜んでくれるおばさんに、今の状態を説明するのは忍びない。暁は曖昧に微笑んで
「心配ばっかかけてごめんな、おばさん。こないだも、わざわざ仙台まで来てくれたんだってな」
「そんなこと気にしなくていいのよ。あなたにしても雅紀くんにしても、私にとっては、可愛い可愛い息子たちなんだから」
「……そっか。ありがとな、おばさん」
2人のやり取りを、雅紀はプリンを食べながら、幸せそうに見守っていた。
「すまないな、田澤」
病室のドアが開き、疲れた表情の大胡が顔をのぞかせる。田澤はベッドの脇の椅子から立ち上がり、大胡を招き入れた。
「まだ意識は戻らないか?」
点滴をつけて眠っている貴弘の顔を覗き込む。手術の後、病室に移されてから、丸一日が経っていた。
「いえ。医師の診察の時は、うっすらと目を開けてらしたんですよ。薬のせいでまだぼんやりしてるみたいですが、呼びかけにも反応するし、意識はしっかりしてるようです」
田澤の答えに、大胡はほっとしてぎこちなく頬をゆるめた。
「そうか……」
「だいぶお疲れのようですね。顔色が悪い。……あちらの方は如何です?」
「総一には面会出来たよ。だが相変わらず完全に黙秘だ。今、弁護士を手配して手続きを進めている」
「そうですか……」
大胡にとって、今回の事件は、被害者が息子で、加害者は自分が親代わりをしている甥っ子だ。立場的にかなり微妙な位置にいる上、今後のことを考えると難しい問題が生じてくることが予想される。田澤は厳しい表情で、眠る貴弘の顔を見つめた。
「今後の会社のこともある。貴弘と1度きちんと向き合って、話をしなければならないな」
「ええ。貴弘さんの独立開業には、どうやら瀧田くんからの資金援助の流れがあったようです。瀧田くんがどんな思惑で貴弘さんに金を流していたのかは分かりませんが、バックにはかなりヤバい連中の名前もあがってる。早急に手を打たれた方がいい」
「やはりそうか……」
大胡は深い溜息をつくと、額に手をあてた。
「一番肝心な話を、お互いに避けてきたことがいけないのだ。コレは私の気持ちを誤解しているのだろう。秋音とも……ああして向き合えたのだ。いい機会だ。貴弘ともきちんと話をしよう」
「そうですね。事実は事実として受け止めて、その上で本音で話をされた方がいい」
「そうだな」
大胡は頷くと、貴弘の手にそっと掌を重ねた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!