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第64章 夢のかけら1
「おまえのアパート、あのまんま借りっぱなしはさ、やっぱ勿体ねえよな。いっそ完全に引き払って、こっちに越して来ねえか?」
「……え……。うーん…」
雅紀は膝の上のアルバムから目線をあげ、暁を見上げて首を傾げる。
「なに、その反応。もしかしてここに来んの嫌か?」
口を尖らせ顔を覗き込んでくる暁に、雅紀はふるふると首をふり
「ううん。そうじゃないけど……」
「けど?」
「ここって単身用のアパートですよね?俺、荷物全部持って完全に転がりこんじゃっても……平気?契約違反とかになっちゃわないですか?」
「んー?そういうもんか?」
「や。この部屋の契約、どうなってるか分かんないけど…」
「それはたぶん大丈夫だろー。このアパートの大家ってさ、早瀬のおじさんだからな」
「え?そうなんだ」
暁は雅紀の手からアルバムを取り上げ、腕を掴んで立ち上がらせると、自分が代わりにソファーにどさっと腰をおろし、両手を広げて
「ん。ほれ、膝の上に来いよ」
雅紀は一瞬躊躇してから、おずおずと暁の膝の上に跨った。暁は雅紀の身体をきゅっと抱き締めて
「元は早瀬のおじさんの親父さんが、経営してたアパートなんだと。親父さんが亡くなって、おじさんが後継いで管理してたんだけどな、老朽化してきたし、店と両方見るのは厳しいってんで、年内には解体して売っちまう予定らしい」
「あ~……それで今年いっぱいって言ってたんですね」
「そ。まあ俺も次のアパート見つけるまではここにいるつもりだけどさ、おまえこっちに越してくんなら、2人で住めるアパート、一緒に探した方がいいしな」
「そっか……そうですよね」
「この通りの狭さだろ。おまえの荷物が入りきれなきゃさ、隣の空き部屋に荷物だけ置かせてもらってもいいし。その辺はおじさんに頼んでみるぜ」
雅紀は暁の胸に甘えるように頬を摺り寄せた。
「うん。じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな…」
雅紀の診察や血液検査の結果は、翌々日に出た。深刻な怪我や身体的な後遺症はないとの医師の言葉にほっとしたが、雅紀は出来れば早く退院したいと言い出した。精神的に落ち着くならその方がいいと医師の許可も出て、早々に退院して暁のアパートに戻ってきたのだ。
身体の方に異常はなかったが、暁の車に乗り込む時に、拉致された時のことを思い出してしまったらしい。車に乗っている間中、雅紀は落ち着かない様子で、顔を強ばらせていた。
いつもならば、暁の過剰なスキンシップに、周りの目を気にして抵抗するのに、車を降りて駐車場からアパートの部屋に戻る間も、不安そうな表情で、自分から暁の腕にぎゅっと掴まって離れなかった。
あんな目に遭ったのだ。雅紀が怯えるのは当然の反応で、でもそれだけ心に拭えない傷が残ったのだと思うとやりきれない。
今は出来るだけ雅紀の不安を和らげ、心穏やかに過ごさせてやりたい。
暁の気持ちが伝わったのだろう。雅紀は顔をあげ、暁にぎこちなく微笑んで
「心配、しないで。俺、大丈夫だから」
「ばーか。無理すんな。俺はおまえを甘やかしたいんだからな。もっとベっタベタに甘えてろ」
そう言ってにかっと笑うと、雅紀のほわほわの髪の毛をわしわしと撫でた。
雅紀は嫌がりもせず、素直に大人しくしている。
「んー。ツンデレなお前も魅力的だけどさ、こうやって素直なのも、超可愛いのな」
「や。俺、ツンデレじゃないし…」
口を尖らせ抗議はするものの、言葉とは裏腹に暁の胸から離れない。暁は雅紀の背中をとんとんしながら、身体をゆらゆらと優しく揺すった。
あれから、秋音はずっと眠っている。雅紀は情緒不安定だ。自分の中で起きているある変化を、今は雅紀に悟られない方がいいだろう。
瀧田は、警察に拘留されている。
貴弘は、大怪我をして入院中だ。
雅紀を今、直接狙うおかしな輩はいないはずだ。
秋音の命を狙う犯人については、まだ特定は出来ていない。だが、暁はある疑問を感じて、今までとは違う方向からの調査を、田澤に依頼していた。
「雅紀~。そろそろ腹減らねえ?何か美味いもん作ってやるぜ。何が食いたい?」
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