310 / 369
夢のかけら2
暁の問いかけに、雅紀はむくっと顔をあげて
「スイーツ……」
「ん?」
「俺、暁さんの作ったケーキ……食べてみたい」
雅紀の目が期待にキラキラしている。暁はにかっと笑って
「OK。んじゃ今日のおやつ用に、紅茶のシフォンケーキでも焼いてやるよ」
「シフォンケーキっ。うわ。それ、俺でも作れる?……や、無理かな…」
「いや、作れる作れる、結構簡単だぜ。教えてやるよ」
雅紀の表情が一気に明るくなる。いそいそと膝からおりて、キッチンに向かう雅紀に、暁は内心ほっとして、ソファーから立ち上がった。
「んな落ち込むなって。割れて混じっちまったヤツは、夜飯のだし巻き卵にすりゃあいいって」
「うー……。俺って超不器用かも…」
……いや。今更だろ…。
そう思ったが口には出さない。卵を黄身と白身に上手に分けるのは、慣れれば誰でも出来るようになる。
「よし。んじゃ白身の方のボウルは、ラップして冷蔵庫な。まずは黄身の方に、そっちのグラニュー糖を入れてみな。……ん、したら泡立て器で、まったり白くなるまで掻き混ぜるんだ。やってみ」
あらかじめ黄身用に計量しておいたグラニュー糖を、雅紀はおっかなびっくりボウルに入れると、泡立て器でゆっくりと掻き混ぜる。
雅紀は決して器用ではないが、ひとつひとつの作業がすごく丁寧だ。見ていてちょっとまどろっこしくなるが、急かすのは禁物。そのひたむきで真剣な横顔を堪能しつつ、次の作業に必要なものを揃えてやる。
「よーしOK。黄身がクリーム色になったろ。そこに、この水とサラダ油を、少しずつ混ぜていくんだ。俺が入れてくから、泡立て器で掻き混ぜていきな。……ん、そうそう、分離しちまわないように丁寧にな。……うん。次はさっき煮出したアールグレイだ。また少しずつ投入してくぜ」
「わ。すっごくいい香りっ」
「丁寧に混ぜてけよ。そんで、次は小麦粉な。こぼさないように篩にかけて、だまにならねえようによく混ぜる。……んーOK。いい感じじゃん」
暁に褒められて、雅紀はすごく嬉しそうににっこり笑った。
……くぅ~。可愛い笑顔っ。天使だろ
「さて。んじゃお次はちょっと難しいぜ。冷蔵庫から白身のボウル出してみな。……ん。んじゃ、それをハンドミキサーで泡立てて、メレンゲを作るんだけどな。その前にちょっとしたコツがあるんだ」
暁は食塩の入ったケースから、塩をひとつまみ摘むと
「まずはこれな」
「えっ……ケーキなのに塩?」
「そ。それからさ」
レモンを包丁で半分に切って、絞り器でレモン汁を絞ると
「このレモン汁も数滴入れる。あとはそっちのグラニュー糖を3回に分けて入れながら、ハンドミキサーの高速で泡立てる。……ほれ、ボウル押さえててやるからミキサーやってみ」
雅紀は初めて使うハンドミキサーを、やや緊張した面持ちで握ると、暁の押さえてくれるボウルに近づけていく。
「いきなりやると零れるからな、まずは低速で混ぜて、スイッチあげてけ。……そうそう、その調子な。ゆっくり円を描いて。うん、そんな感じ」
白身が泡立ち始めると、端からグラニュー糖を少量ずつ入れていく。最初しゃばしゃばだった白身に、徐々にとろみがついていく。
「ほら、泡が細かくなってきたろ。その泡が、シフォンケーキを綺麗にふくらませるんだ。さっき入れた塩とレモン汁はさ、この泡が消えないように安定させる隠し技なんだよ。……OK、次、砂糖入れるぜ。だんだん固くなってきたろ」
雅紀の表情は真剣そのもの。緩く角が立つようになったメレンゲを、一生懸命見つめながらかき回していく。
「よーし。いったんスイッチ止めて、メレンゲをすくってみ。角が立つだろ?そこまででいいぜ。んじゃ、最後に低速で全体の泡を優しく整える。うん、上手いじゃん」
雅紀はハンドミキサーのスイッチを止めてフックにかけると、ほおっと詰めていた息を吐き出した。
「肩の力抜いてけよ。最後はこのメレンゲを、さっき作った黄身の方に混ぜてく。ここで混ぜ過ぎると綺麗な泡が潰れちまって、焼いた時に上手く膨らまない。でも混ざってないとまだらな生地になっちまうんだ」
真剣な眼差しで、暁の説明を聞く雅紀のほっぺに、白いメレンゲがついている。暁はにやけそうになる頬を引き締めながら
「まずは、メレンゲ3分の1をこっちに入れて、泡立て器でまだらにならないようにしっかり混ぜる」
雅紀の頬のメレンゲを、暁はペロンと舐め取った。雅紀はびっくり目になって、赤くなった頬を手で押さえて、暁を睨みつける。
「怒んなよ、可愛いから。……そんなおっかなびっくりじゃなくていいぜ。これはしっかり混ぜとけ。……よし、んじゃ次にまた3分の1入れて、今度は優しく下から上に大きくすくうようにして柔らかく混ぜる。……ん、OK。最後にメレンゲの残りを入れて、ふわふわ優しく混ぜていくんだ」
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!