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夢のかけら3
暁は、最初に用意しておいたシフォンケーキの型を持ってくると
「そんくらいでいいぜ。じゃ、生地を型に流し込むからさ、おまえ、型の方をゆっくり回してくれ」
「回す?」
「そ。こうやって流すだろ、したらおまえはゆっくり型を回すの。ほらな」
雅紀は感心しながら、型の中で均等にならされていく生地を見つめた。暁がヘラでボウルの生地を綺麗にさらって流し込む。お菓子作りには似合わなそうな、大きくてごつい暁の手が、慣れた仕草で器用に動く様子が格好いい。
……暁さんってやっぱ凄いな……。めっちゃ格好いい……。
「おーし。これで生地は完成な。あとは空気を抜いて、余熱したオーブンで焼くだけだ」
暁はにかっと笑うと、型を両手で持ち上げて調理台に数回落としてから、オーブンのドアを開けて型をセットし、スイッチを押した。
「あの感じだと多分、綺麗に膨らむぜ。雅紀、ご苦労さん。どうだった?初めてのケーキ作りは」
暁の仕草にぽーっと見とれていた雅紀は、はっと我に返って赤くなり
「あ、えっと、うん。すっごく楽しかった」
どぎまぎしている雅紀に、暁はちょっと悪い顔をして笑って
「なんだよ~おまえ、顔真っ赤。どした?また俺に惚れ直したか?」
暁の揶揄いに、雅紀の顔が更にじわっと染まった。
「……うん。格好いい、暁さん。……なんか……どうしよ、俺。暁さんのこと……どんどん好きになっていくみたいだ…」
雅紀のストレートな反応に、暁は虚を突かれてピキっと固まる。
……うわ。なんつー可愛い反応だよ。
暁は一気にデレデレ顔になると、雅紀の頭を腕で抱え込んで、自分の胸に抱き締めた。
「おう。どんどん好きになっちまえよ。俺も負けないくらい、おまえのこと好きになっていくぜ」
事件のショックで元気をなくしていた雅紀が、前と同じように笑ってくれるのが嬉しかった。この笑顔を守る為なら、どんなことでもしてやりたい。
「よし。んじゃ後はオーブンに任せて、俺たちは向こうでイチャラブすっか」
雅紀の頬を包み込み、その小さな唇にキスを落とす。雅紀は耳まで真っ赤になりながら、啄むような暁のキスに応えた後、オーブンの方をちらっと見て
「や、でもちゃんと焼けるか心配だし……。イチャラブは……これ、焼けてから」
「えー。大丈夫だって。焼けたらブザーが教えてくれるんだしさ。いいから来いよ」
羞じらう雅紀のささやかな抵抗を封じるべく、暁は勢いよく雅紀の唇を奪った。唇を割って舌を差し入れ、雅紀の舌を絡め取る。
じっくりとディープキスを堪能して唇を離すと、雅紀はとろんとした瞳で暁を睨みつけた。
「もう……暁さんの……ばかぁ…」
もじもじしている雅紀の腕を掴んで、部屋に連れて行った。
意識が遠くなったり近くなったりする。夢を見て目が覚めるとまた夢で、それは子供時代の遠い記憶だったり、大人になって経験したことだったり。
見知らぬ場所で綺麗な青年と一緒に歩いていたり。
ああ……あの青年は……雅紀。雅紀だ。
初めてバーで会った時から、心惹かれた。まるで人形のように整った綺麗な顔立ち。華奢な身体。そして……寂しげな表情。
1人、店の隅でカクテルを舐める彼は、所在無さげで、でもどこか人待ち顔をしていて、時折、それらしき趣味の男に声をかけられると、首を竦めて連れがいるからと断っていた。
でも、1時間経っても、2時間が過ぎても、彼の待ち人は姿を見せない。
ちょうど約束相手にドタキャンされ、独りで酒を飲んでいたので、思い切って声をかけてみることにした。
声をかけると、緊張した面持ちでこちらをじっと見る。とてもこの手の店に場慣れしているようには見えない。周りの男達が、その綺麗な青年にギラついた視線を向けているのは分かっていたので、警戒心いっぱいの彼にそっと微笑んで
「ここは空気が悪いね。よかったら外の空気を吸いに行かないかな?」
そう言って目配せをしてみた。彼は一瞬目を見張り、きょろきょろ辺りを見回してから、もう1度大きな目でこちらを見つめて……こくんと頷いた。
店を出るタイミングを失っていたのだろう。会計を済ませて外に出ると、彼はほっとしたような顔になり
「ありがとうございます。でも……ごめんなさい。俺……そういうつもりじゃ、ないんです…」
俯く彼の睫毛が長い。見た目から想像していたより低い声が震えていた。
「心配しなくていい。私もそういうつもりで誘った訳じゃないよ。ただ、君が居心地悪そうだったから、心配になっただけだ。家はどこだい?車だから送って行こうか?」
穏やかにそう聞くと、彼は驚いたように顔をあげた。
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