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夢のかけら5

貴弘は、慌てて身を起こそうとしたが、金縛りにあったように動かない。 「じっとしていなさい。おまえは重傷を負ったのだ。篠宮くんは無事だよ。心配はいらない」 薄い膜が剥がれるように、記憶がよみがえってきた。 そうだ。俺は総一に刺されたのだ。 雅紀は……無事なのか。良かった……。 ほっと安堵の表情を浮かべた貴弘を、大胡は複雑な思いで見つめた。 貴弘は、うなされて何度も「雅紀」と名を呼んでいた。そんなにも思い入れ、命懸けで庇った相手の心が、貴弘の想いを受け入れる日は来ないのだ。 いい年をしてストーカー行為などと、何をやっているのだと叱り飛ばしたい気持ちもあるが、父親としては、息子の真剣な想いを、出来れば実らせてやりたかった。だが、一方的な想いの押し付けは、絶対に許してはいけない。 貴弘の母親とは、両家の結び付きを強固にして会社を大きくする為の、政略結婚で結ばれた縁だった。秋音の母親の存在が負い目になっていた大胡は、自分と貴弘をあまり会わせたがらない妻に気を遣って、いつも一歩引いた場所から、息子の成長を見守ってきた。 そのことを、今は酷く後悔している。 子供の頃に作ってしまった貴弘との距離は、大人になって更に遠くなった。表面上は模範的な息子が、内心はどんなことを考えているのか分からない。お互いに距離の縮め方を見失ってしまっていた。 今更それを、簡単に縮めることは出来ないかもしれない。そんな甘いものではないということは、分かっているつもりだ。だが今回のことが少しでも、親子として心を開いて話し合えるキッカケになって欲しい。 大胡はゆっくりと深呼吸をすると 「貴弘……。篠宮くんのことが、そんなに好きか」 途端に、貴弘の顔が強ばった。憎しみと言っていいほどの強い光を宿した目で、大胡を睨みつける。 「その話を、父さんとする気はありません」 「そうか。父さんはおまえと話をしてみたいがな」 「……今更……何ですか?どうせこちらの話を聞きもせずに、頭ごなしに反対するだけでしょう?……貴方に私の気持ちを分かって貰えるとは思えない。話すだけ無駄です」 「そう言うな。こうしておまえとゆっくり話をするのは久しぶりだろう。篠宮くんの話が嫌なら、他のことでもいいんだぞ」 貴弘は、しばらく大胡を睨みつけていたが、ふいっと目を逸らし 「……総は……総一はどうなりました?」 「あれは今、警察に拘留されている。面会に行ったがな、何も話をしてくれんよ」 溜息混じりの大胡の言葉に、貴弘は天井を見つめたまま顔を歪め 「あいつは……病気です。今思えば、かなり前から様子がおかしかった。私があいつに雅紀を会わせたり、頼み事をしたせいで、あいつの病気を悪化させてしまったのかもしれない…」 「おまえを刺した時、総一は正気を失っていたのか?」 貴弘は遠くを見るような目になって 「……どうだろう……よく……分かりません。総は上機嫌なのに苛立っていた。いつもと変わらないようにも見えましたが……妙な違和感があった。ただ、雅紀を刺そうとした瞬間のあいつは、完全に狂っていた、と思います」 「そうか……。あれの病気に何の対処も出来なかったのは私の責任だ。おまえが気に病む必要はない」 「あいつはやっぱり入院させるべきです。治療の方法があるのかは分かりませんが、あのままにしておいたら、いつか取り返しのつかないことになる」 「そうだな。私も同感だ。その点も含めて、総一の今後については、私が責任を持って対処していくつもりだ」 貴弘は溜息をついて目を閉じた。 「疲れたのか?ならもう少し眠りなさい。目が覚めたらまたゆっくり話をしよう」 大胡の言葉に、貴弘は再び目を開け 「いえ。眠る前にひとつ、父さんに聞きたいことがあります」 「私に?何だね?」 貴弘は口を開きかけて躊躇し、口を閉じた。大胡は、珍しく言いにくそうに口を閉ざす貴弘の様子に首を傾げ 「どうしたのだ。仕事のことか?入院している間のことなら、心配しなくていいぞ。小池が…」 「昔、お祖父さんに仕えていた、片岡という男をご存知ですか?」 大胡は口を閉じ、目を細めて貴弘を見た。その表情を、貴弘はじっと見つめながら 「総が……私に言ったのです。私の本当の父親は、その片岡という男だと」 大胡の表情は動かなかった。貴弘の視線を真っ直ぐに受け止めている。 「私には、桐島の血は一滴も流れていないと」 お互いに目を逸らさず、しばらくの間、沈黙が続いた。やがて、大胡はゆっくりと瞬きをすると 「それを聞いて、おまえはどう思ったのだね?」

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