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第65章 傷と絆1

穏やかな大胡の問いかけに、貴弘は顔を顰め 「もちろん、信じられませんでした。今でも信じられない。そんな馬鹿げたことは信じたくない。でも…」 「でも?」 「俺が子供の頃から貴方に好かれていなかったのは、そのせいだったのかと……納得も出来た」 初めて、大胡の表情が動いた。はっと目を見張り、まるでどこかが痛むように顔を歪めた。 「私が、おまえを……?どうしてそんなことを…」 「子供の頃から、俺は父さんに少しも似ていなかった。だから父さんは俺を避けていたんですよね」 「……っそうではない。それは違うぞ、貴弘。確かに私はおまえにとって、いい父親ではなかったかもしれない。だが…」 「総一の言ったことは、本当なんですか?俺は……俺は父さんの血を受け継いでいない。桐島の血は一滴もこの身体に流れていない。父さんは……父さんはそのことを知っていたんですね?!だったらどうして…っ」 言い募る貴弘の顔が真っ青だった。興奮に身体が震えている。動けない身体を無理に起こそうともがく貴弘を、大胡は立ち上がって、宥めるように優しく押さえた。 「落ち着きなさい、貴弘。まだ動くんじゃない。傷に障る」 「ちゃんと答えてくださいっ。俺はっ俺はっ」 騒ぎを聞きつけたのだろう。病室のドアが開き、看護師が飛び込んできた。 「どうしました?!」 「ああ、すみません。話をしているうちに興奮してしまって」 大胡の言葉に、看護師はベッドに歩み寄り、もがく貴弘を一緒に宥めながら 「さ、落ち着いてくださいね。まだ動いちゃいけませんよ。桐島さん、ナースコールを」 大胡は頷いて、急いでベッドの脇のコールボタンを押した。 「おわっ」 突然飛び起きた雅紀に蹴っ飛ばされて、暁はソファーから転がり落ちた。雅紀のエロ可愛い反応に夢中になっていて、すっかり油断していたのだ。 「ブザーっ。暁さんっブザーが鳴ってるっ」 「ちょっおまっ。足癖悪いっつーの」 痛くはなかったが、みっともなく尻もちをついた。顔を顰めながら起き上がる暁に、雅紀は必死の形相で飛びつく。 「暁さん、シフォンケーキっ。オーブンが焼けましたって言ってるからっ」 雅紀は半分涙目だ。暁は苦笑しながら差し出された雅紀の手を掴んで立ち上がると 「んな顔すんなって。大丈夫だよ。分数少なめに設定してあるから、焦げたりしねえって。どれ、んじゃ様子見に行ってみるか」 まだ心配そうな顔をしている雅紀の髪の毛をくしゃっと撫でると、床に落ちている自分のシャツを雅紀に羽織らせて、一緒にキッチンに向かった。 「ほれ、窓から覗いてみ。ちゃんと膨らんでるだろ~?」 暁の言葉に、雅紀はいそいそとオーブンの窓を覗き込んだ。 「うわぁ……ほんとだ!綺麗に膨らんでるっ」 「こら~っ。んな顔近づけんなって。火傷しちまうぞ」 はしゃぐ雅紀の頭に手を置いて、オーブンから離させる。 「まーったく。おまえは子供かよ。ほれ、ちょっと退けてみ。焼き具合確かめるからさ」 暁は笑いながら雅紀の身体を避けさせると、オーブンのドアを開けた。 焼きたてのケーキの甘い香りが、一気に辺りに漂う。 ミトンを手にはめ、鉄板を慎重に引き出すと、型からもこもことはみ出して膨らんでいるシフォンケーキが姿を現した。 「わぁ……凄い…っ」 「うっかり素手で触んなよ。な、ちゃんと焼けてるぜ。大成功だ」 「うんっ。すっごい綺麗っ」 「この焼き色だと、あと3分ぐらい焼けば完璧だな」 嬉しそうにケーキを見つめている雅紀にそう言うと、暁は鉄板を元に戻して、焼きを3分追加した。 「うわ……俺、焼きたてのケーキって初めて見たかも」 さっきまで、自分の愛撫にとろんとした表情で喘いでいた雅紀が、すっかりエロさの吹き飛んだ幼い顔で、目の前のケーキに夢中になっている。 ……ちぇ。いい所だったっつうのに。でもまあ、仕方ねえよなぁ。可愛いから許すっ 暁は内心苦笑しつつも、雅紀の幸せそうな様子に大満足だった。 オーブンが再び焼き上がりを告げる。暁は両手にミトンをはめると、ドアを開け、引き出した鉄板の上から型を取り上げた。 「よっしゃ、雅紀。調理台の上のその瓶な、真ん中に置いてくれ」 「はいっ」 雅紀はわくわくした顔で、暁に言われた通り瓶を置く。暁は型をくるんとひっくり返し、中央の穴を瓶に挿した。 「え……逆さ?中身がはがれて落ちて来ない?」 「んー。シフォンはさ、型に生地をわざとくっ付けるようにして焼くんだ。だから内側にバターを塗らなかっただろ?こうして逆さにしねえと、生地が重みで沈んじまって潰れちまうの。よーし。んじゃこのまんま冷ますぜ」 雅紀は感心したように暁の顔を見つめて、こくこく頷いた。その尊敬と憧れの眼差しが、真っ直ぐ過ぎてなんだかこそばゆい。 「やっぱ凄いな……暁さん。お料理とかお菓子作りとか、さらっと出来ちゃうのって格好いい」

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