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傷と絆7
「よーし。雅紀、食器かたしたら、ケーキを型から出すぜ」
雅紀は飛び上がるように立ち上がり、テーブルの皿を重ねて持ち、キッチンへ向かった。暁が後に続くと、食器を流しに置いた雅紀が、ケーキの前で大人しく待っている。
暁は棚から大きい皿を取り出すと
「まずは生地を型から綺麗にはがすからな」
型を瓶から抜き取ると、ひっくり返して型と生地の間に専用の器具を差し込む。暁の大きな手が器用に動いて、みるみるうちに生地が剥がれていくのを、雅紀は感心した様に見つめた。
「これでよし。んじゃ、皿に出すぜ」
型の真ん中の部分を持って慎重に抜き出すと、ふわふわと柔らかそうなシフォンケーキが出現した。
「うわぁっ。すごいっ」
「お。いい感じじゃん。余分な空気もちゃんと抜けてたな。歪みも欠けもないし、超完璧だぜ」
「ほんと、すっごい綺麗。お店で売ってるやつみたいだ。すごい……。こんなの、出来ちゃうんだ」
雅紀はケーキを食い入るように見つめて、すっかり感動した様子だ。
「そ。おまえがほとんど作ったんだぜ。初めてでこんだけやれたら上出来だよな。パティシエも夢じゃねえぜ」
雅紀くすぐったそうに笑って
「もう、暁さん、それ言い過ぎ。でも嬉しいな。俺でも頑張ればこんなの作れるんだ。もっと他のものも作ってみたいかも」
「出来るさ。おまえは丁寧で慎重だから、お菓子作りには向いてる。慣れればもっと手のこんだもんだって、作れるようになるぜ。さ、切り分けて味見、してみるか」
「はいっ」
目をきらきらさせて、嬉しそうに頷く雅紀の笑顔が眩しい。どんな表情も綺麗だが、やっぱり雅紀には笑顔が一番いい。
暁はパン切り包丁を取ってくると、8等分に切り分け、小皿に移して
「ほい、おまえの分な。あっちで食おうぜ」
「うんっ」
雅紀は皿を受け取ると、大事そうに抱えて部屋へと戻った。
「食ってみ」
雅紀は恐る恐るフォークで切り分け、ひと口頬張る。アールグレイの香りが口の中に広がった。しっとりふんわりとした食感と優しい甘み。
「わぁっ美味しい」
「だろ?」
雅紀は蕩けるような笑みを浮かべて、夢中でパクついている。その至福の笑顔を、暁は満足そうに見つめていた。
「医者から、まだ無理はするなと言われた。おまえがもう少し落ち着いたら話をしようか」
「大丈夫です。もう興奮したりしない。話してください、父さん」
再び目を覚ました貴弘は、しばらく何もしゃべらずに、放心したようにじっと天井を見上げていたが、やがて何かを決意したように表情を引き締め、ようやく傍らの大胡を見た。
「わかった。何が聞きたい?」
「真実を。俺の父親は……誰です」
「私だ。桐島大胡だ」
「戸籍上の、ではなく、本当の父親は誰です」
「戸籍上も何もない。おまえの父親は、この私だけだ」
「父さん。この後に及んで、嘘は要らない。真実を話してくれないのなら、貴方と話はしない。母さんを呼んでください」
目を逸らさず、感情を押し殺して淡々と話す貴弘に、大胡もまた真っ直ぐに彼の目を見つめて
「何故、信じないのだ。私は嘘など言ってはいないよ」
「……総は、俺が片岡という男にそっくりだと言った」
「おまえは父親の私より、狂った総一の言葉を信じるのか?」
貴弘の眼差しが揺らめいた。
「総の言葉を信じるわけじゃない。俺は……貴方の言葉が信じられないんです」
大胡の目が一瞬大きくなり、悲しげな色を宿す。
「……そうか。私が信用出来ない、か」
貴弘はふっと目を伏せた。
「俺は、真実が知りたいんです」
大胡は深い深い溜め息をつくと、両手を組んで貴弘をじっと見つめ
「では、私が知っていることを全て話そう。おまえの、遺伝子上の父親は、残念ながら私ではないかもしれない」
貴弘は目をあげて、大胡を見つめた。
「そのことを私が知ったのは、おまえが3歳の時だ。妻が男と密会していると、お節介な父の側近が教えてくれてな。頼んだわけでもないのに、勝手にいろいろと調べあげて、知りたくもない事実をさんざん聞かされた」
「俺が……3歳の時。そんな昔に……」
「もちろんショックだったが、やむを得ないとも思えた。私も母さんも、家の為に、当時付き合っていた恋人との未来を諦めた。お互いに納得はしていたが、完全に吹っ切れていたわけではないだろう。それに、おまえも知っているだろうが……私にも他に想う人がいた。母さんを責める資格は、私にはなかった」
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