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第67章 真実への扉1

「少し顔色が良くなったな」 朝、病室に顔を出すと、貴弘のベッドは背もたれが少し起こされていた。点滴を受け、お世辞にも顔色がいいという状態ではなかったが、昨日の憔悴しきったような表情に比べると、いくらかましになっている。 看護師が点滴を交換して部屋を出て行くと、大胡は付き添い用の椅子を引っ張ってきて、ベッドの脇に座った。 「これまで病院の世話になるなんて、まったく縁がなかったので、正直……居心地は悪いですね」 そう言って苦笑する貴弘に、大胡は破顔して 「居心地が悪くて何よりだ。私も前に検査入院した時は、1日も早く退院したかったよ。病院というのは居るだけで気が滅入るな」 「なるべく早く退院出来るよう、大人しく傷を治します。それより、朝早くからすみません、……父さん。仕事の方は大丈夫ですか?」 「うちは優秀な補佐が多いからな。それに以前から、少しゆっくり休みを取れと言われ続けていたんだ。おまえのおかげで休む口実が出来たよ」 実際はゆっくり休養どころではあるまいが、父親の優しい気遣いに、余計な反論をするのは止めておいた。貴弘は父親の顔をじっと見上げて 「父さん。昨夜一晩いろいろと考えていたんですが。……秋音の……件です」 穏やかな表情で頷く大胡に、貴弘は少し緊張した顔になり 「俺は確かに、あいつの存在を疎ましいと思っていますが、あいつを殺そうと思ったことは1度もない。犯人は俺でも、もちろん父さんでもない。だとすると……一体誰です?父さんは見当がついているんですか?」 大胡は微笑みを消し、持ってきた鞄に目を落とした。 「今……その件は田澤に調べてもらっている。もう少し確証を得られたら、おまえにも話をしよう。今はまだ余計なことは考えずに、身体を治せ」 目を逸らしてしまった大胡の横顔を、貴弘はじっと見つめながら 「でも、気になって落ち着かないんです。もし目星がついているなら教えてください。秋音は個人的に誰かに恨まれたりしてなかったのですか?仕事上でのトラブル……とか」 「いや。その線ももちろん疑ってみたがな。秋音は高校生の時から、誰かに付けられたり見られていると、妙な違和感を感じていたらしい」 貴弘は目を見開いた。 「そんな……昔から……」 「実際に命を狙われる事故が起きたのは、就職して結婚した後だった。仕事上のトラブルがなかったかについては、当時の会社の社長に電話で聞いてみたよ。仕事の方は順調だったそうだ。特に気になるトラブルもない」 貴弘は大胡から目を逸らして、宙を見つめた。その顔がひどく険しい。 「父さん。俺の考えを聞いてもらえますか?……嫌な考えが思い浮かんでしまって……出来ればそうであって欲しくはないんです……でも…」 大胡は貴弘の方に手を伸ばした。布団から出た彼の手を、上からぎゅっと握ると 「どうしても今、その話をしないとだめか?」 大胡の目に哀しみに色が宿る。貴弘は顔を歪め 「……っ。……父さんも……もしかして……同じことを考えて?……やっぱりそうなんですねっ」 貴弘の手が震えている。大胡は力なく微笑んだ。 「落ち着きなさい、貴弘。私はまだ何も言っていないよ」 「お願いだ。誤魔化さないでください。犯人は父さんでも俺でもない。だとしたら……遺産絡みで秋音を狙う可能性があるのは……それで利益を得る可能性のある人物は……」 「利益を得るというより……秋音の存在が邪魔な人間……だろうな」 貴弘はひゅっと息を飲んだ。 昨夜、うつうつしては嫌な夢を見て、夜中に何度も目が覚めた。その時ふと頭に浮かんだ恐ろしい考え。 自分の出自。秋音の事故。初めて聞かされた思いもよらなかった事実から、浮かび上がる最悪の仮説。それは…… 「……母さんが……。まさか……そんな…」 「おはよ」 雅紀は眠い目を擦りながら目を開けた。朝の柔らかい陽射しが、カーテンの隙間から射し込んでいる。その光の中で優しく笑う大好きな人。 「おはよ……ございます」 雅紀ははにかんで朝の挨拶を返すと、屈み込む暁に、両腕を伸ばして抱きついた。暁は雅紀を抱きすくめて、愛おしげに頬をすりすりして 「たーっぷり寝てたな~。おまえさ、気持ち良さそうに笑いながら、寝言もにゃもにゃ言ってたぜ」 「えっ。うそ。俺、何て?」 「もっと、して。ってさ」 雅紀はがばっと顔をあげ、にやにやしている暁の頬を、両手でぐにーっと掴んだ。 「嘘だっそんなこと言ってないしっ」 「言ってた言ってた」 雅紀は真っ赤な顔で、更に揶揄おうとする暁の口を手のひらで塞いだ。 「言ってないからっっ」

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