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こころのかけら3

28の男に向かって『可愛い顔』はないだろ~俺。 少し冷めてしまった焼き鳥をガジガジかじりながら、つい口が滑った自分に心の中で突っ込みを入れていると、雅紀はほとんど手付かずだったジョッキに手を伸ばし 「あきらさんって……やっぱ女ったらしでしょ」 そう呟いて、豪快にビールを飲み干した。 「お。酒、案外いける口なんだな。次何にする? 俺、日本酒いくけど」 「……。俺も日本酒。冷やで」 「焼き鳥も追加するか。何か好きなもんある?」 「じゃあ……砂肝と軟骨お願いします」 「了解。んじゃ俺、頼みついでにトイレ行ってくるよ」 あきらが部屋を出ていくと、雅紀はおしぼりをつかんで、火照ってしまった頬にあてた。 酒を飲むのは好きだけど、正直そう強いわけじゃない。ビールを一気に飲み干したのは、酔いのせいじゃない顔の赤さを誤魔化すためだ。 『可愛い顔』と言われて、咄嗟に反論できなかった。あそこは軽く流すとこだろう。妙に乙女な反応をしてしまって、穴があったら入りたい気分だった。 今夜は初っぱなから調子が狂いっぱなしだ。 ……あきらさん、引いてるんだろうな……。 そそくさと部屋を出ていってしまったあきらの姿を思い出し、雅紀はますます自己嫌悪に陥って、座卓の上に突っ伏した。 『彼』にそっくりな顔。声。でもそれだけじゃない。名前を聞いた時、ドキッとした。あきと。そう名乗るのかと思ったのだ。秋音、と。やっぱり『彼』本人なのかと……そう思ってしまったのだ。 胸の奥がざわざわする。あれから7年も経ったのに。 心の奥底に封じ込めて。もうすっかり忘れたつもりで……いたかったのに。 『彼』と出会ったのは10年前。自分がどう頑張っても、異性には興味を持てない性的指向なのだと、自覚して間もない頃だった。 高校1年の時、2年上の女の先輩に告白されて、なんとなく流されるままに付き合った。明るくて積極的なその人を、決して嫌いなわけではなかった。ただ、どうしても恋愛感情は持てなかった。 何回かそういう雰囲気になって……キスはした。押しあてられた唇の感触は、想像していたよりも柔らかかったけれど……それだけだった。キスってこんなもんなのか……っていうのが、正直な感想だった。 先輩が卒業して、なんとなく自然消滅みたいな感じになって、しばらくして、他の男と楽しそうに歩いてる彼女を見かけた。悔しいとか悲しいとか、そんな感情は少しもわいてこなかった。 だから、自分はきっと、奥手で淡白なんだろうと思っていた。友達が回し読みしていたその手の雑誌も、見せられれば皆と調子を合わせたりしたけど、女の子の裸の写真ばかり載ってる本の、どこが楽しいのかさっぱり分からなかったし。 自分の性的指向をはっきり自覚したのは、高校3年の時。ある事件がきっかけだった。すごく混乱したし、動揺もした。でも、それまで腑に落ちなかったいろいろなことが、それで一気に納得できてしまった。            

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