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真実への扉3
暁はぎゅっと握り締めている雅紀の手の甲を優しくさすり、
「ん。そのまま身体の力抜いてリラックス、な。……どうだ?まだ息苦しいか?」
雅紀はゆっくりと首を横にふり
「……だい……じょ……ぶ。もうへいき」
「そっか……。悪かった。突然、事務所行くなんて言っちまったもんな」
「違う……っ。俺、悔しい……。すっごい意気地無しだ、俺」
「ばーか。そーゆーのは意気地無しって言わねえよ。自分責めるのはよせって。よしっ。今日はさ、直接病院に行こうぜ。社長には電話で話しすればいいことだ。な?」
雅紀は激しく首を横にふり
「ううん。事務所、行きますっ。大丈夫っ。もう何ともないっ」
「だから~無理すんなって…」
「だめっ。少しは無理しなきゃ。じゃないと俺、もうあの事務所に行けなくなる。あそこはすっごく好きだから。みんないい人で、俺の大好きな場所だから。行けなくなるなんて、俺、絶対に嫌だっ」
駄々っ子のように言い募る雅紀の目に涙が滲む。暁は優しく微笑みながら溜息をつき
「分かった分かった。おまえって見かけによらず頑固だもんな。んじゃ、息苦しくなったりしたら、すぐに言えよ」
「……うん」
暁は雅紀の顔色を確かめながら、ゆっくりと車を発進させた。
車はいつもと違う駐車場に停めた。少し歩くが、表通りに面した場所にあるから、人目につきやすくて安全だ。先に運転席から降りて、助手席の雅紀の傍へ行く。過保護かもしれないが、今はそれぐらいしてもいいだろう。
「ほれ、手出せよ」
周りの様子をうかがいながら、車から降りた雅紀に手を差し伸べると、雅紀はむーっと唇を引き結んで、首を横にふった。
「……人目、あるからダメだし」
「んな固いこと言うなって~。だーれも見てねえよ」
そう言った途端、道を歩く女子高校生たちと目が合った。女の子たちは俺の顔を見、次に雅紀を見てから、きゅんきゅんした表情になって、お互いに目配せし合っている。
……なに、この絶妙なタイミング。俺の言葉に説得力がないにも程があるだろ……。
案の定、雅紀はぷいっとそっぽを向き、暁の手を拒絶して先に歩き出した。女子高校生たちに注目されてしまったことで、男としてのプライドが恐怖心に打ち勝ったのだろう。右手と右足が同時に出ていて、妙に歩き方がギクシャクしているのはご愛嬌だ。
暁は笑いを押し殺しつつ、雅紀の後を追った。
事務所のある雑居ビルのドアを開けて中に入ると、膨らんだ風船が萎むみたいに、雅紀の身体からふにゃんと力が抜けた。ご丁寧に、はあ~っと大きな溜息までついている。
「意地っ張りめ。ほら、もう誰も見てねえよ。手、寄越せって」
声をかけて手を差し出すと、雅紀はくるんと振り返り、暁の手にすがりついてきた。暁はその身体をぐいっと引き寄せると、奥のエレベーターまで連れて行く。
エレベーターに入ると、すかさず雅紀の唇を奪った。じたばたともがく雅紀を壁に押し付けて舌を絡める。
短いディープキスの後、口を離すと、怒った顔の雅紀と目が合った。
「監視カメラ……あったら…」
「んなもんねえよ。このオンボロエレベーターに。怖い顔すんなって」
雅紀はキョロキョロと箱の中を見回してから、ほっとしたように暁の胸に顔を埋めた。ぷりぷり怒ってる顔も可愛いなどと余計なことを言うと、ますますへそを曲げるだろう。暁は揶揄いの言葉を飲み込んで、
「事務所行ったら、俺はちょっと社長と込み入った話があるからさ、おまえは桜さんたちとおしゃべりでもしててくれるか?」
雅紀は顔をあげ、ちょっと不安そうに眉を下げた。
「お仕事の……話……?」
「まあな。そう時間はかからねえからさ、桜さんに特製じゅーす作ってもらって飲んでな」
「……うん……わかった…」
昨夜、田澤からもらった長文のメッセージ。その内容はかなり衝撃的で、俺の中で眠っている秋音にとっても、かなりのショックだったようだ。もう少し詳しく話を聞いてからでないと、精神的に不安定な今の雅紀には、とても聞かせられそうにない。
事務所のドアを開けて中に入ると、正面に座ってパソコンをいじっている古島が顔をあげた。雅紀を見るなり立ち上がり歩み寄ってくる。
「雅紀くん。申し訳なかった。僕がついていながら、本当にすまないっ」
古島のいきなりの謝罪に、雅紀は面食らったような顔をして
「え。なんで古島さんが…」
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