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真実への扉6
「篠宮くんはな、おめえが思ってるより、ずっと大人で芯は強いぜ。何しろおめえを守ろうとして、身体張る覚悟のある男だ。恋人なんだろ?守ってやるだけが愛情じゃねえぜ。彼の力を信じて、一緒に乗り越えてやれや」
田澤のその言葉で、雅紀を対等に扱っていない自分に気づいた。雅紀を好き過ぎて、可愛がり過ぎて、確かに保護者のような心境に陥っている。
以前、暁は雅紀に自分の桐島家との関わりをきちんと説明し損ねて、雅紀に誤解を与えて不安にさせた苦い経験がある。そのせいで、雅紀は独り思い詰め、危うく単独で貴弘の元に乗り込んでいってしまうところだった。
同じ轍は踏みたくない。そう思って、雅紀に全て打ち明けたのだが……。
啜り泣く雅紀を抱き締めて、暁は唇を噛み締めた。
自分は雅紀の涙に弱い。
コンビニの前で出逢って、もじ丸で雅紀の泣きそうな顔を見たあの瞬間から、多分自分は恋におちたのだ。
秋音としての記憶を、全て取り戻した今なら分かる。どうして雅紀の涙に、こんなにも切なさをかきたてられるのか。
仙台で結婚すると雅紀に告げた時、祝福してくれると思っていた可愛い後輩は、初めて大粒の涙を零した。
いつもほわほわと優しく微笑んでいた雅紀の、涙を見たのは初めてだった。
すごく綺麗で、でも哀しかった。
こっちで事故に遭い記憶を失っても、雅紀の涙の記憶は心の奥底のどこかに残っていたのだろう。ずっとずっと、その涙の理由が気にかかっていたのだろう。
暁の胸にすがりつくようにして静かに泣いていた雅紀が、鼻を啜りながらもぞもぞと顔をあげた。目と鼻は、さっきより更に酷いことになっている。
「うわぁ……。おまえ、まじやばい。美人が台無しじゃん…」
思わず口に出た言葉に、雅紀はびっくりしたように目をまん丸にした。
「……え……そんなに……ひどい……?」
本当はそんな顔も愛しいのだが、暁はわざと渋い顔をしてみせて
「そろそろ泣き止めって。このまんまだとおまえ、まじで兎になっちまうぜ」
ものすごーく真面目な顔でそんなことを言う暁に、雅紀はぷいっとそっぽを向いた。
「や。俺、人間だし。泣いたからって兎になんかならないし」
「……なぁ、雅紀。貴弘のことさ、やっぱおまえには言わねえ方がよかったか……?ちょっと酷だったか?」
なんだか弱々しい暁の声音に、雅紀ははっとして振り返った。
眉をさげ、情けない顔をした暁の顔。すごく哀しそうな目をしてる。
雅紀は慌てて首をふり
「ううん。違う。言ってくれてよかった。確かに……すごいショックだったけど、でもきちんと話してくれて嬉しかった。俺のこと信用して、打ち明けてくれたんだって…」
「おまえのこと、信用してないとか、そういうのはねえよ。ただ俺は、おまえに対して、ちょっと過保護なのかもな……。傷つけたくない、泣かせたくないってさ、ついつい守っちまおうとする。それはやっぱ良くねえなって反省してんだよ」
雅紀はにこっと微笑んだ。その拍子に睫毛に留まっていた涙がぽろんと落ちた。雅紀は慌てて頬を手の甲で拭うと
「俺が泣き虫だから、暁さんがそう思っちゃうんですね。大丈夫。もう泣き止みます。本当に辛いのは、俺じゃなくて貴弘さんだし。本当に哀しいのは、俺じゃなくて暁さんだし。俺がいつまでも泣いてたら、みんな困っちゃいますよね」
暁も微笑んで、雅紀の頭をがしがしと撫でた。
「見舞い。どうする?行くか?」
「うん。せっかく来たんだし、ちょっと顔見るだけでもいいです」
「よし。んじゃ、車おりるか」
暁はそう言うと、素早く雅紀の唇にちゅっとして、運転席のドアを開けた。雅紀は驚いて周りをきょろきょろしてから、赤い顔で助手席のドアを開け外に出た。
うとうとしては目が覚め、またうとうとする。時間の感覚はなくなっていた。目を開けると看護師がいたり、田澤がいたり、父の秘書がいたりした。
眠っている間に見ている夢も、意味をなさずに流れていく。
そうして何度目かの覚醒の後、ぼんやりと天井の小さな汚れを見つめていたら、ドアがノックされた。
ここは父が用意してくれた個室だ。訪ねてくる人間は限られている。
貴弘はのろのろと目を動かし、ドアの方を見つめた。どうぞ、と答えたつもりだったが、声は出なかった。
遠慮がちにドアがゆっくり開いた。
貴弘の目が、見開かれていく。
「……母さん……?」
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