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真実への扉7
「まだ、目、赤い?」
「んー……だな。さっきまで泣いてましたって、バレバレだな」
雅紀は眉をハチの字にして、きょろきょろと周りを見回し
「暁さん、ちょっと待ってて。俺、トイレで顔洗ってくるから」
「OK。慌てなくていいぜ」
雅紀は頷くと、トイレのドアを開けて中に入っていった。暁は見舞い用に買った花束を手に、すぐ側の壁にもたれかかる。
個室の病室が並ぶこの階は、人影もなくしんと静まり返っていた。
「どうして……母さんが……。父が連絡したんですか?」
起き上がろうとする貴弘を、母、桐島麗華は手で制して
「じっとしていなさい。看護師から聞いたわ。貴方、酷い怪我をしたのでしょう?」
呆然としている貴弘の側に来て、心配そうに顔をのぞきこんでくる。その顔は優しい母親そのもので……。
「お父さまに連絡しても繋がらなくて……。酷いわ。貴方がこんな状態になっているなんて、お母さんには一言も教えてくれなかったのよ」
愚痴を言いながら、持ってきた袋から貴弘の着替えを取り出す母は、父から聞かされた話は夢かと思うほど、いつもと変わらなくて、普通で……。
貴弘は母をぼんやりと見つめたまま、混乱する記憶を必死に整理していた。
父は母に連絡を取っていない。母はたしか旅行に行っていて、実家に寄ってから帰宅する予定だったはずだ。
「……父さんと連絡が取れなくて……どうして俺がここに入院していると……分かったんです……?」
麗華は手元の着替えから、貴弘に視線を移し
「お父さまの会社に電話をしたの。秘書の松川が教えてくれたわ。貴方が怪我をして入院しているって。この病院の場所もね」
「松川くんが…」
松川は、父、大胡の秘書の1人で一番の若手だ。たしか、祖父の代に秘書をしていた男の孫で、5年ほど前から父の会社で働いている。貴弘とは直接仕事上での接点はないが、父の傍にいる姿を何度か見ていた。
……どういうことだ……?母さんは、父さんが疑っているってことをまだ知らないのか?それに、父の秘書が何故、父に内緒でここのことを母に話したんだ?……だめだ。誰が何を知っていて、何を知らないのか、今の俺では判断出来ない。母にあのことを問い詰めていいのか?俺の父親が誰なのか。秋音を殺そうとしているのが誰なのか。
黙り込み、探るように母親の顔を見ている貴弘に、麗華は気遣わしげに表情を曇らせ
「貴弘さん、あなた、顔色が悪いわ。苦しいの?痛みがあるのかしら。看護師か先生を呼んだ方がいい?」
貴弘はゆっくりと首を横にふり
「誰も呼ばなくていい。母さん。それより俺の質問に答えてください」
「質問?どうしたの。改まって」
貴弘は口を開きかけて戸惑い、ごくりと唾を飲み込むと
「俺の……本当の父親は誰です。片岡という男ですか?」
不思議そうに首を傾げていた麗華は、貴弘の言葉に表情を凍りつかせた。
「…っ」
何か言おうとして声が出ず、手で口を押さえる。その母の反応で分かってしまった。やはり、父の大胡が話してくれたことは真実だったのだ。
「やっぱり……そうなんですね。俺の父は…」
麗華は激しく首を横にふり
「誰が……っ誰がそんな……っ。いいえ違うわっそうじゃないのっ貴方のお父さまは……っ」
悲鳴のような声を絞り出す母を、貴弘は哀しく見つめた。
父から聞かされた時点で、それはほぼ確定だと頭では理解していた。でも、感情的には嘘だと否定して欲しかった。
「母さん。嘘はつかないで。俺の父親が誰なのか、母さんには分かりますよね。俺は真実を知りたいんです」
麗華は手元の着替えを握り締め、落ち着かない様子で視線をさまよわせていたが、貴弘が必死で伸ばした手が触れるとびくっとして
「私……私は……。お母さんはね、あなたの為にっ。あなたは桐島大胡の息子です。正統な跡取り息子なの。だ……っ誰があなたにそんなデタラメを…っ」
「……お母さん。父さんは気づいていますよ。俺が3歳の頃から、父さんは貴女に愛人がいたことを知っていた」
「……っ」
麗華は息を飲み、両手で口を押さえた。
「俺に、そのことを教えてくれたのは、父さんです」
「……そんな……まさか……あの人が……?……だって……だってそんなこと全然…」
「父さんは全て知った上で、俺を息子として育ててくれていたんです。だからお母さん、もう嘘は止めてください。父さんの為にも、俺の為にも」
「………」
麗華は力なく首を横にふっていたが、やがてがっくりと肩を落とした。
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