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第68章 つきをみていた1
「暁……さん……?」
黙って髪を撫でながら微笑む暁に、雅紀はちょっと不思議そうに首を傾げた。暁はにやっと笑って
「今、おまえに、めっちゃキスしたい気分。……してもいいか?」
途端に雅紀は目を真ん丸にして、頬に朱を散らした。顔を寄せてくる暁に、首を仰け反らせ焦ったように目だけで周りを見回し
「……だ……だめ……っ。誰か来たら…」
「来ねえよ。もし来たら、見せつけてやりゃあいいじゃん」
「……ぁ…」
慌てて顔を背けようとする雅紀の腕を掴んで引き寄せ、顔をのぞきこむ。悪い顔をして笑う暁の目は、怖いくらい男っぽい色気を滲ませていて……
……だめ……っそんな目で見ないで……。俺……俺、とけちゃうから……っ
雅紀はきゅっと目を閉じて、暁に自分の顔を近づけた。唇が触れ合う寸前。
……唐突に自動ドアが開いた。
「お。ここにいたか」
田澤の声がして、雅紀は飛び上がり、思わずばっと手を突き出した。その手が暁の顔面にモロに直撃する。
「…いってぇ~っ」
無防備なまま顔面を叩かれて、暁は素っ頓狂な声をあげると、手で顔を押さえた。
「…………」
2人の様子を見ていた田澤が、しばしの沈黙の後、呆れたように溜息をついて
「おめえらな……仲がいいのは何よりだがな。もうちっと時と場所を考えて、いちゃつきやがれっ」
つかつかと暁に歩み寄り、暁の頭を平手でぱしんっと叩いた。
桐島麗華は、夫の桐島大胡に伴われて病院を後にした。
病室に顔を出した大胡を見た瞬間、麗華は立ち上がり、またパニックを起こしたように逃げようとしたが、大胡は彼女につかつかと歩み寄ると、彼女をぎゅっと抱き締めた。
「すまなかった。私のはっきりしない態度が、長い間君を苦しめて、こんなにも追い詰めてしまったのだな。もっと早くに、君と話をするべきだった」
麗華は息を飲み、声にならない嗚咽を漏らした。大胡はがくんと力が抜けてしまった彼女を、しっかりと抱き締め直して
「私と一緒に警察に行こう。全て話して罰を受けよう。君が法の処罰を終えるまで、私は何年でも待つよ。貴弘は私にとっても大切な息子だ。君が戻ってくる日を、2人で待っているからね。戻ってきたら、今度こそ3人で本当の家族になろう。君の罪は一生、私たちも一緒に背負っていくつもりだ」
「……っ大胡さん……っ。私……私は……っ私……は…っ」
麗華は大胡にしがみつくようにして、声をあげて泣いた。ベッドで2人を見守っていた貴弘は、ほっとしたようにそっと目を瞑った。
帰り際、大胡に伴われた麗華は、廊下にいる暁と雅紀の前に行き、深々と頭をさげた。
「申し訳……ございませんでした」
振り絞るようにそれだけ言って、後は続ける言葉が見つからないのか、頭をさげたまま喘ぐように嗚咽をもらす麗華に、暁は込み上げる感情をぐっと押し殺した。何をどう謝られても、失われた命は2度と戻っては来ないのだ。
「俺は……あなたのやったことを、許す気持ちには到底なれない。何の罪もない3人の尊い命が、あなたのエゴで失われたんだ。これから一生かけて、その罪の重さを背負って、償っていって欲しい。今、俺があなたに言えることはそれだけです」
「はい…」
もう一度、大胡とともに深々と頭をさげて、よろよろと歩き出した麗華を、雅紀と並んで黙って見送った。
暁の握り締めた手が少し震えているのに気づいて、雅紀はそっとその手を上から握った。暁ははっとして、傍らの雅紀を見て、少し強ばっていた表情を和らげる。
「……雅紀…」
雅紀はほわんと微笑んで頷くと
「暁さんも疲れちゃいましたよね。今日はもう、帰りましょうか」
「……そうだな。よし。帰るか~。俺達の愛の巣に」
「うわぁ……愛の巣とか……言っちゃってるし…」
「おまえさ~。最近、飴と鞭の使い方、上手くなってるよなぁ」
暁は苦笑しながら雅紀の髪の毛をくしゃっと撫でると、手を握り直してエレベーターの方に歩き出した。
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