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こころのかけら5※

「気になったんだよ。俺に似た男が、あんたに一体何やらかしたのか。それに、何となく放っておけなかったんだよなぁ。途方にくれてるみたいな顔してるからさ」 雅紀はすっかり食べるのをやめて箸を置き、あきらから少し離れて壁に背中をもたれさせた。完全にそっぽを向いてしまった様子に、あきらはため息をつき 「怒ったのか……?やっぱり地雷だったんだ?」 「……してないです」 「え?」 雅紀は首を横にふり、さっきより妙に明るい声で 「いや。してないですって~。そんな顔。あきらさんの勘違いですよ」 「あ~……なあ、まさき」 「あきらさん、優しいんだなぁ。ぁはは。でも迷子とか泣きそうだとか、俺どんだけ子供ですか。そんな顔するわけないでしょ。いい年した大人が……」 「してたよ」 「っ、してないっ!」 むきになってこちらを向いた雅紀に、あきらは一瞬どこかが痛むような顔になり 「してるよ、今もおんなじ顔。っていうより、おまえ……泣いてるじゃん…」 驚いたように見開いた雅紀の目から、涙がこぼれ落ちた。うさぎみたいな真っ赤な瞳が、不安そうに揺れている。 (……くそっ、なんでだよっ) あきらは小さく舌打ちすると、ふいに雅紀ににじり寄り、怯えて竦み上がる彼の頬に、両手を伸ばして挟み込むと 「泣くなよ」 そう囁いて、のし掛かるようにして唇を奪った。驚いて一瞬固まった後、ひゅっと息をのみ、雅紀は唇を固くつぐんで、顔を背けようともがきだす。 「やっ……なっ……」 あきらの身体を押しかえそうとして、必死に突っ張らせた両手首を、掴んで壁に縫いとめ、噛みつく勢いで逃げる唇を追い詰めた。 「う……んぅっ」 息が苦しくなったのか、わずかにゆるんだ唇の隙間に舌をねじこむと、奥に逃げ込もうとする雅紀の舌に、自分のを絡めてきつく吸いあげる。 「んっ……んっ」 苦しげに鼻を鳴らした後、唐突に、ガクンっという感じで、雅紀の身体から力が抜けた。片目を開けて様子を伺うと、閉じた目蓋を縁取る長い睫毛が、ふるふると震えている。 あきらは少しだけ力を緩め、角度を変えて、今度は優しく味わうように舌を絡めだした。 「……ん……ふ……ぅん……んぅ」 鼻から抜ける声に甘さが滲む。女みたいな高い声じゃない。でもその低く掠れた感じが妙に色っぽくて、微かに煙草の味がするキスが止められない。 掴んでいた手首を離して、雅紀の身体を抱き締めると、自由になった彼の手が戸惑いながら背中に回り、すがるようにあきらのシャツを掴んでくる。 (……なんだこれ……ヤバいだろ……こいつ男だっての。男相手に本気のキスって。 何やってるんだよ、俺。 もう酔ってるのか?あれしきで? いやでもこいつ……反応が可愛すぎだろ。 嫌がっては……いないよな? いや~でもやっぱりマズい。 無理やりキスなんて犯罪だ、犯罪。 泣き止ませようとしましたとか、言い訳にも洒落にもならんって……) 沸騰していた頭が、急に冷めてきて、あきらは名残惜しげに唇を離すと、いっそう強く抱き締めながら、右手で雅紀の頭を優しく撫でた。 「……ごめん……」 掠れた声でそう呟くと、雅紀の身体がぴくんっと震え、シャツを掴んでいた手が離れていく。 「なんかとまんなくなった。驚かせて……ごめん」     

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