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第4章 願いのかけら1
大きくて暖かい手が、ゆっくりと繰り返し髪を撫でていく。
抱き締められて、あきらの胸に顔を埋める形になった。少し速かった彼の心臓の音が、だんだんと緩やかになっていくのを、雅紀はぼんやりしながら聴いていた。
(……なんで……キスなんかするかなぁ)
唇を奪われた瞬間、頭の中が真っ白になった。何が起きているのか理解できた時には、もう舌を絡めとられていて、鼻で息をすることさえ忘れていた。溺れかけたような感じだったんだろう。酸欠状態で一瞬意識が遠退いて、その後はもう無我夢中で、気持ちよすぎて、もっと欲しくて……。
同性愛者と自覚した後、自分が奥手でも淡白でもないってことは、当時付き合ってた男に、嫌というほど思い知らされた。その後も、自ら望んだわけではないけれど、それなりの数の男たちと身体を重ねてきているから、激しいキスも荒っぽいキスも強引なキスも……人並み以上には経験済みだ。
でもさっきみたいな、心がのぼせてしまいそうな、身体中が歓びに震えてしまいそうな、そんなキス、したことがない。
(……あきらさん、多分……いや絶対、ノンケだ。キスはめちゃくちゃ巧かったけど、相手は女性onlyだよな。
なんで俺なんかにキスしたかな……酔ってた?違うな。多分……同情だ……。
優しいんだろうな。放っておけなかったって言ってたし。俺が泣いたりしたから、可哀想って思ったんだな)
胸の奥で疼いた痛みには気付かないふりで、そう結論づける。
雅紀はそっと深呼吸して、あきらの身体を押し返しながら顔をあげ、もぞもぞと身をよじった。
「あの……離してください」
その声に、ちょっと放心状態だったあきらは我に返り
「あ……ああ、悪い」
ばっと両手を離し、ちょっと焦ったように立ち上がると、隣の座布団に戻り、足を投げ出して座った。
手を伸ばして煙草とマッチを取ると、火をつけて吸い込み、雅紀とは反対方向に煙を吐き出す。すぐに思いついたようにふり向いて
「あ……。まさきも吸う?」
言いながら、マッチに手を伸ばした。雅紀が無言で首を横にふると、せわしなく煙草をふかしてから、まだ長いままの吸殻を、灰皿の底で押し潰し
「怒ってるよな? や、当たり前だな。謝って済むことじゃないけど、ほんっと悪かった」
「……」
座布団の上に正座し直し、あきらは深々と頭をさげた。雅紀は何も答えない。気まずい沈黙が漂う。
「苦手なんだ。人が泣いてるの見ると、どうしていいか分からなくなる。あ……いや、言い訳にならないのは分かってるよ。そんなんでいちいち勝手にキスしていいんなら、警察は要らないよな」
ふいに押し殺したような笑い声が聞こえて、あきらは顔をあげた。面白そうな顔をして、こっちを覗き込んでる雅紀と、目が合って呆気にとられる。
「あきらさん、さっきから謝ってばっかりだ」
「あー……だよな。面目ない」
「俺、怒ってないです。あ、いや怒ってなくはないけど……。あきらさん酔ってたし、弾みっていうか、事故?」
「いやいや、酔ってたわけじゃ……や、酔ってた…かな。でも」
「女の子泣いてると、いつもああいうことしてます?」
「しないって。それはない……多分……」
「俺、男だから、責任とってーなんて言いませんよ。だからもういいです」
「……。もうちょっと怒れよ。気持ち悪かったろ?男にキスなんかされて」
「気持ち悪くは…なかったです。かなり驚いたけど」
「あーだよなぁ。ごめん」
「もしかして、あきらさんって……そういう人?」
「ん? そういうって?」
「女だけじゃなく、男もいける人?」
雅紀の言葉に、あきらは目を丸くして
「いやっないない。俺ストレートだって。だから自分でもびっくりした」
「じゃあやっぱり酔った勢いの事故ってことで。俺忘れます。だからあきらさんも…」
「んじゃさ、とりあえずここ奢らせて。気の済むまで飲んで食べていいから」
「それは嫌です。俺、割り勘主義なんで」
「じゃあ俺、どーすりゃいいの」
「……どうしても気が済まない?」
「うん」
「我が儘だなぁ。じゃあ、俺のお願い、3つ。叶えてください」
「は? ……お願い……3つ?」
「はい。それでチャラにしましょう」
にっこり微笑んだ雅紀に、あきらは内心突っ込んでいた。
(……なんでお願い3つだよ? アラ○ンの魔法のランプかっつーの)
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