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第69章 つきのかけら(最終章)1

「おまえ、カメラバッグ、どうした」 「あ…っ。あれ?……そっか。テーブルの上に置いてきたかも…」 「ドジ。ケーキにばっか、気ぃ取られてるからだぜ」 焦ってアパートの方に戻ろうとする雅紀の腕を掴んで 「いい、いい。車、アパートの脇に停めてやるからさ。ほれ、乗れよ」 暁はドアを開けて雅紀を助手席に押し込むと、運転席に乗り込んだ。 今日は5日ぶりの休暇だ。2人で朝から張り切ってピクニック弁当を作り、昨夜、雅紀が頑張って焼いたシフォンケーキを持って、まずは貴弘のお見舞いに向かう予定だった。 貴弘が入院してから1週間以上経つ。治療の経過は良好で、余計な神経や内蔵を傷めていなかったおかげで、医師が想定していたよりも治りは早いらしい。加害者の瀧田は、事件のことを一応自供はしたが、記憶の混濁が酷く意味不明の言動が多い為、心神喪失という医師の診断で母親のいる病院に入院させられた。 一方、貴弘の母親、桐島麗華は、大胡に付き添われて警察へ行き、過去の事件について全て自供した。実行犯の佐相という男も、麗華の自供を知って観念したのか、己の罪を全て認めた上で、主犯の片岡についても自供したらしい。片岡の行方は警察が追っているが、国外に逃亡した可能性が高く、まだ所在は掴めていない。 こうして、ようやく全ての事件が明るみになり、秋音の母親の事故についても、警察が捜査を開始している。 暁と雅紀は、桐島大胡と連絡を取りながら、田澤の事務所で正社員として本格的に働き始めた。雅紀は、相変わらず外に出る時は落ち着かない様子で、不安気に暁にぴとっとくっついてはいたが、過呼吸やパニックのような症状は、あれから1度も出ていない。 「1人で取りに行けるか?」 アパートの脇に車を停め、急いでドアを開けようとする雅紀に尋ねると、雅紀はにこっと笑って頷き 「大丈夫。暁さん、ここで待ってて。すぐ戻るから」 ドアを開けて外に出た途端、雅紀の顔がちょっと強ばっているのを見て、暁は内心苦笑した。 ……強がってんなぁ。あいつ、割とこういうとこ、頑固だからな。 雅紀は階段の前でキョロキョロすると、意を決したように駆け上がっていった。暁が車の窓を開けてアパートの様子を眺めていると、カメラバッグを抱えた雅紀が、緊張した面持ちで階段を降りてくる。暁と目が合うと、途端にほっとしたようにふにゃんと笑って、得意気にバッグを掲げてみせた。 ……どや顔かよ。泣きそうな顔してたくせに。 思わずくく…っと笑ってしまった。雅紀は助手席に戻るなり、頬をぷくんとふくらませ 「なんで笑ってんの?暁さんっ」 「いやいや。笑ってねえって」 「嘘。笑ってるし!」 「おまえの百面相が可愛いな~って思ってさ」 「むー。ムカつく。俺のこと、バカにしてる」 尖らせた唇に素早くキスすると、雅紀は驚きに目を見開き口に手を当てて、周囲をきょろきょろ見回した。 「もうっ暁さんの、おバカっ。こんなとこで何やって…っ」 「ほれ、シートベルト締めろよ。出発するぜ」 暁がそう言って車のエンジンをかけると、雅紀は真っ赤な顔で慌ててシートベルトに手を伸ばした。 「おう。来たか」 貴弘の病室の前の廊下で、先に着いていた田澤社長が手をあげる。 「遅くなってすみません」 雅紀は田澤に駆け寄ると、ぺこりと頭をさげた。田澤は多忙な大胡の依頼を受けて、貴弘の様子を2日置きに見に来ていた。捜査の進展についてや貴弘の仕事のことなどを、大胡の代わりに伝え、打ち合わせをしているらしい。 今日の2人のお見舞いも、田澤から貴弘の様子を聞いて、もう話をしても大丈夫だろうと判断して決めた。 雅紀は貴弘ときちんと決着をつけたがっている。内容が内容だけに、貴弘の方にそれを受け止める為の、心の準備が必要だった。 「俺の方はもう話は済んだぜ。篠宮くん、貴弘くんに会っておいで」 貴弘との話し合いに、田澤と暁は同席しない。これは貴弘と雅紀、2人の関係についての話だ。部外者が、ましてや恋敵の暁が同席すれば、貴弘のプライドを酷く傷つけてしまうだろう。 雅紀は真剣な眼差しで田澤に頷くと、くるっと振り返って暁を見た。 暁は雅紀の緊張を解すように、にかっと笑って頷き 「気が済むまでじっくり話してこいよ。俺と社長はあっちで待ってるからな」 雅紀はちょっと心細げに瞳を揺らしたが、ふうっと深呼吸してから笑顔になり 「じゃあ、行ってきます」 「おう。……あ、これ、持ってけよ」 そう言って、雅紀に見舞い用の花束とケーキの箱を渡した。

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