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つきのかけら3
「雅紀。私は君が好きだったよ。初めて会った時からずっと。君は私の救いだった。共に過ごせた時間は私の宝物だ。君に逢えて……よかった」
雅紀の目にじわりと涙が滲む。
「……おれ……俺も……貴方のことが……好きでした……。恋じゃ……なかったけど……でも好きでした。貴方は優しくて温かくて……あの頃の俺の寂しさを救ってくれた。貴方に会えなかったら、俺、もっと荒んだ生活してたかもしれない。感謝……してます……本当に。……俺、貴方に逢えて……よかった…」
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、凄く綺麗だった。
そんな風に泣くな、笑ってくれ。君は泣いているより、笑顔の方がいい。そう言って、この華奢な身体を思いきり抱き締めてやりたい。
でも……それは……自分の役目じゃない。
貴弘は、ぐっと拳を握り締めた。
「幸せになってくれ。雅紀。自分の心に素直になって、甘えたい時は思いっきり甘えさせてもらえ。もし君を不幸にさせたら、私があいつを殴りにいってやるよ。君には誰よりも一番幸せになって欲しい。私からの…最後のお願いだ」
「…っ。貴弘……さん……。俺…っ」
貴弘は、すっと雅紀の前に手を差し出した。雅紀はしゃくりあげながら、その手を握る。貴弘は、万感の思いを込めて、雅紀の手をぎゅっぎゅっと強く握って
「お別れだ……雅紀。必ず、幸せになってくれ」
そう言って、精一杯の笑顔を見せた。雅紀はひぃっくとしゃくりあげ、零れる涙を袖で拭って、必死に笑顔を返す。
「…っありがとう。貴弘さん。俺、俺絶対に……幸せに……なるから……っ」
涙でくしゃくしゃの雅紀の笑顔は、それでも切ないくらい……綺麗だった。
雅紀が部屋を出ていくと、貴弘は詰めていた息を吐き出した。
膝の上に置かれた箱に視線を落とす。綺麗にデコレーションされたケーキ。不器用そうな雅紀が、一生懸命作ってくれた、最後の贈り物だ。見つめていると、それが少しずつぼやけ始めた。
「馬鹿だろう。俺は。何が幸せになってくれ、だ。格好つけやがって…」
ぽたぽたとケーキの上に涙が落ちた。雅紀には絶対に見せたくなかった。だから必死に堪えていた涙が、今は止まらない。
だって仕方ないだろう。こんなにも胸が苦しい。心が痛い。泣いたっていいじゃないか。こんな時ぐらい。誰も見ていないこんな時ぐらい、泣いても罰は当たらないはずだ。
雅紀が好きだった。
愛していた。
本当に大好きだったのだ。
……違う。過去形なんかじゃない。今だって本当は、行くなと追いすがりたいくらい……愛おしい。
貴弘は、両手で顔を覆い、声をあげて泣いた。
待合室のドアが開き、雅紀が姿をみせた。予想通り、涙に濡れた目も鼻も真っ赤だ。
暁は立ち上がり優しく微笑んで、おいで……というように、両手を広げた。
雅紀はくしゃっと顔を歪め、駆け寄ってきて、暁の腕の中にぽすんっと飛び込んだ。暁は華奢な身体をぎゅうっと抱き締めて
「ちゃんと話、出来たか?」
「…ふぅぅっく…っ。……っお、別れっして、きた…」
「んー。そっか」
「…ったかっひろさ…っおれ、に、幸せに……幸せに、なれって…っ」
途切れ途切れに涙声で話す雅紀の背中を、暁はとんとんと優しく叩き
「うん。そっか。んじゃ、おまえ、幸せになんねえとな」
「俺の、こと、不幸に……したら、殴りに…っいくって」
「マジか。んじゃ、おまえを絶対、幸せにしねえとな」
雅紀は言葉にならない声で答えて頷き、暁の胸に顔を埋めた。
雅紀を本気で愛しているからこそ、貴弘がどんな想いで、雅紀に幸せになれと最後に言ったのか、その気持ちは痛いほど分かる。
どれほど苦しいだろう。哀しいだろう。
最愛の人に贈る、最後の祝福の言葉なのだ。
胸の奥で、秋音の意識がざわめく。
暁は目を瞑り、心の声に耳をすました。
田澤と別れて車に戻った。雅紀は泣き疲れたのか、助手席に座ってぼんやりとしている。
暁は、ここに来る前に寄ったコンビニで久しぶりに買った煙草を胸ポケットから取り出し、口に咥えてライターで火をつけた。雅紀が顔をあげ、こっちを見る。
「煙草…」
「おう。おまえも吸うか?」
雅紀は首を横にふり
「ううん。俺はいい。……でも久しぶりに見た。暁さんが、煙草吸うの」
「んー。そういや、しばらく吸ってなかったよな」
「うん。秋音さんは……吸わないんですよね」
「……だな。吸い始めたのはこっち来て記憶失くしてからだ」
「不思議だな……。暁さんと秋音さん。同じ身体なのに、好みとか、いろいろ違う…」
「……そうだな。違うよな」
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