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つきのかけら10

シャッターの音に気づいた雅紀が、ちょっとびっくりした顔でこっちを見る。その表情も可愛くて、すかさずシャッターをきった。撮られていると分かって、雅紀の顔がぷくっと膨れっ面になる。その1枚もしっかりカメラにおさめる。 「もおっ。どさくさに紛れて何撮ってるんです」 駆け寄ってきて、カメラを奪おうとする雅紀をかわして 「え~もちろん、おまえとひなげしに決まってんだろ。めっちゃいい感じに撮れたと思うぜ。後で大きく引き伸ばしてさ、部屋の壁に貼ってやるよ」 雅紀はうわぁ…と言いたげに顔を顰め 「暁さん、それドン引きだから」 「こらこら。んな酷ぇ顔すんなって。美人さんが台無しだろ」 雅紀はぷいっとそっぽを向き、 「俺、美人じゃないしっ」 雅紀は首からさげたカメラを構えて、ひなげしの花を撮り始めた。かたくりや桜の花を撮った時に、暁から教わった花のぼかしテクニックを思い出しながら、風に揺らめく花たちにレンズを向ける。桜と違って花色が鮮やかなせいか、陽光に透ける花びらを、イメージ通りに撮るのは難しかった。 液晶モニターで撮った画像を確認しては、納得いかなげに首を傾げる雅紀に 「赤は難しいだろ?どう撮ってもベターっとした感じになっちまう。デジタルはこういう色の再現がイマイチなんだよ。フィルムだとさ、もっと深みのある色合いになるぜ」 「あ。フィルムカメラって、俺ちょっと憧れだな…。やってみたいけど、畏れ多い感じ」 「まあな。デジタルと違ってフィルムにも金かかるしな。数打ちゃ当たるが出来ない分、1枚1枚が真剣勝負だ。でも面白いぜ。トイカメラなんかも独特の雰囲気出せて、俺は好きだな」 「あ。押入れのケースの中にあったやつですよね。雑誌でもよく特集してるけど……そっかぁ……トイカメラかぁ…」 「な、な、記念に2人のツーショット写真撮ろうぜ」 「え……?」 暁はきょろきょろと辺りを見回して、子供の写真を撮っている若い夫婦を見つけると、歩み寄り 「すいません。シャッター押してもらってもいいですか?」 声をかけられた夫婦はにっこり笑って 「いいですよ」 男性の方が、暁の差し出すカメラを受け取ってくれた。暁は嬉々として雅紀の傍らに戻ってくると、 「ほれ、写真写真。おまえはこっちな。腕、組めって」 「や。暁さん、でも…」 ご夫婦の視線を気にして、尻込みする雅紀の肩を掴んで抱き寄せ、 「ほれ、スマイルスマイル」 一向に頓着しない暁に促され、雅紀は赤い顔でぎこちなく笑顔を作った。暁は雅紀の肩をいっそう抱き寄せ、満面の笑みだ。旦那さんの横でちょっと微妙な表情の奥さんと、きょとんとした顔の小さな男の子の視線が痛い。 2~3枚撮ってもらってお礼を言い、カメラを受け取る暁の後ろに隠れ、雅紀は火照った頬を両手で押さえた。 若い夫婦と別れた後、雅紀は暁の腕を引っ張り 「んもお……暁さん。あのご夫婦、きっと俺らのこと、変って思ってた」 「んー?変か?別に2人の写真撮ってもらっただけだろ?普通じゃん」 あっけらかんとそう言って、でも優しく微笑んでくれる暁に、雅紀はもごもごと口ごもり、反論を止めた。 暁のこういう所が、羨ましいし、すごく好きだ。これまで、自分の性癖を奇異の目で見られることが多かったから、雅紀はどうしても身構えてしまう。気にしすぎなのは分かっていても、どうしても気になってしまうのだ。こういうのはそう簡単には変われないだろう。でも、暁はすごくナチュラルにそういう自分を受け止めて、何でもないことだと言ってくれる。彼と一緒にいれば、自分は少しずつでも変わっていけるのかもしれない。 親の期待に応えられなかった。どうしても周りと同じように生きられないことに、いつも負い目を感じていた。周囲で何かおかしなことが起これば、それは自分が変だからなのだと思い込んでいた。今でも自分に自信は持てない。 『んー?変か?別に普通じゃん』 大袈裟でもなく、ごくシンプルに、当たり前のことのように、暁が言ってくれる。ありのままの自分を肯定してくれる。そのことが何よりも……嬉しい。 「暁さんは、俺の天使だな…」 雅紀の小さな呟きに、暁は怪訝な顔で首を傾げた。 「ん??今、何て言った?」 「…ふふ。何でもない。あっ。見て、あそこ、蝶がいるっ」 雅紀は笑いながら、暁の腕を掴んで、丘の上に引っ張っていった。

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