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つきのかけら12
「え……えと。あの…暁さん。俺、ほんとに一緒に暮らして……いいの?」
雅紀はフォークを皿に置いて、もじもじしている。
「今更、何言ってんだよ。いいに決まってるだろ。っつーか、俺がぜひともそうして欲しいの。それともおまえ、嫌か?」
雅紀はぷるぷると首を横に振り
「嫌なわけ、ないっ。でも……迷惑にならない……?」
「ばーか。んなわけねーだろ。明日さ、不動産屋行ってみようぜ。な?」
雅紀は嬉しそうに頷くと
「はい。じゃあ……よろしくお願いします」
そう言ってぺこっと頭をさげた。
喫茶室でのんびりお茶した後は、遊園地内にある観覧車に乗った。
半日たっぷり遊び回って、いつのまにか陽は傾き始めている。
係員から見えない位置まで箱があがると、対面で座っていた暁は、立ち上がって雅紀の隣へ移動した。雅紀は頬をじわっと染めて、すかさず箱の外を心配そうにきょろきょろと見回す。
「だーいじょうぶだ。俺ら以外、誰も乗ってねえよ」
すぐそばで、吐息混じりの暁の低音ボイスが耳をくすぐる。ドキドキしながら雅紀がちらっと暁を見ると、ちょうど夕陽に照らされた暁の、ちょっと悪そうな笑顔があった。
「……っ」
ドキンっと心臓が跳ねる。何も言えずに固まっていると、暁の切れ長の目がきゅっと細くなり、顔が近づいてくる。
火照る頬に暁の唇が触れる。
「ぁき……らさ…」
声を振り絞ったところで、唇を塞がれた。くふんと雅紀の鼻がなる。唇が割られ、熱い吐息とともに舌を絡められた。
雅紀は縋りつくように暁の両腕を掴み締める。口づけは深みを増した。
空に浮かぶ小さな個室の中が、2人だけの世界になっていく。
雅紀の舌をじっくり堪能して、暁が唇を離すと、雅紀ははふぅ……とため息を漏らし、暁の胸に顔を埋めた。力の抜けたその華奢な身体を、きゅうっと抱き締める。
「なぁ……雅紀。もし……もしさ。俺か秋音、どちらかを選ばなきゃならねえとしたらさ…」
くてっとしていた雅紀が、うっとりと顔をあげる。潤んだ大きな瞳に夕陽が映り、揺らめいている。暁は一瞬、どこかが痛むように顔を顰め
「おまえ……どっちを選ぶ……?」
とうとう聞いてしまった。雅紀の答えなんか分かりきっている。
きっと柔らかく微笑んで……
「……暁さん」
囁くような声で、でもはっきりと雅紀が答えた。暁は息を飲み
「え……いや、だって、おまえ…」
「秋音さんも大好きだけど……俺、暁さんがいい」
……いや、違うだろう。予想していた答えと違うって。
暁は動揺して、完全に言葉を失った。暁の動揺に気づかないのか、雅紀はうっとりとした表情のまま
「秋音さんと暁さんが、同じ1人の人間だってことは分かってる。でも……俺にとって特別な存在は、やっぱり暁さんなんです。どちらかを選ぶなんて、もちろん出来ないけど……どうしても選ばなきゃいけないって言われたら…」
その先をこれ以上言わせたくなくて、暁はがしっと雅紀の腕を掴み、激しく唇を奪った。雅紀は驚いたのかビクッと身体を強ばらせたが、すぐに力を抜き、暁の口づけに応え始める。
……ダメだろ。や。それはダメだ。そんな……そんなことは……許されないっ
この身体のもともとの持ち主は秋音だ。俺の存在は不幸な事故なのだ。それなのに……。
「……んっんぅっ……んー…っ」
雅紀のちょっと苦しそうな声に、暁ははっとして激しく貪るようなキスを止めた。
「…っ……あき……ら……さん……?」
不安そうな雅紀の声。
今、俺はどんな顔をしているんだろう。
暁は必死に動揺を押し隠し、笑顔を作って
「……わりぃ……。がっついちまった…」
雅紀の唇にちゅっとしてから、自分の胸に顔を埋めさせるように抱き締めた。
雅紀の言葉が嬉しくなかった訳じゃない。
秋音じゃなく、自分を選んでくれた。
この俺を特別な存在だと言ってくれた。
思いがけない答えだったけれど、すごく嬉しかった。
けれど……。
雅紀の柔らかい髪の毛を撫でる。
なんて愛おしい存在だろう。この華奢な身体も清らかで優しい心も、泣きたいほど愛しい。こいつとこの先、共に生きていけたらどんなに幸せだろう。
秋音じゃなく、この俺が。
……くそっ
ダメだ。考えるな。想像するな。
そんな未来は俺には来ない。
余計なことは考えるな。
もうひとつ、別の身体があったら……。
俺だけが自由に出来る身体があったなら。
そしたら俺は、こいつを絶対離さない。
出来る限りの幸せを、この愛しい恋人に与えてやれるのに。
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