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つきのかけら14
「どうだー?写真。良さげなのあるか?」
暁が覗き込んでくる。雅紀は何となく暁の顔を見れなくて、液晶を見つめたまま首を横に振り
「あのね……暁さん……俺、ちょっと横になっていい……?」
「んー。やっぱ疲れたか」
「うん。少し早いけど、もう寝ます」
「OK。んじゃ布団敷いてやるから待ってな」
暁は雅紀の頭を撫でると、押入れの方に向かった。押入れから布団を取り出す暁を、雅紀はやるせない気持ちで見つめた。
……ほんとに優しい人……。いつだって俺のこと大事にしてくれて、気遣ってくれる。この人の側にいたい。許されるならこの先ずっとずっと……。
俺が余計なこと言わなければ、その願いは叶うんだろうか。だったら贅沢なんか言わない。ただ側に居させてもらうだけでいい。
「ほれ。来いよ」
布団を敷き終えた暁が優しく手招きしてくれる。雅紀は立ち上がり、暁の元へ行くと、ぽすんっと抱きついた。暁はくすくす笑って
「なんだぁ?甘えん坊さんか?」
柔らかく髪の毛を撫でてくれるのが気持ちいい。雅紀は暁の胸に頬をすりすりすると顔をあげ
「暁さんも……もう寝る?」
「んー……そうだな。まだ寝るには早いしな。ちょっと仕事の報告書まとめてから寝るよ。おまえは、先に寝てな」
「うん……。じゃあ……おやすみなさい…」
雅紀は暁から離れると、自分用の布団に横になり、ぱふっと掛け布団を被った。
雅紀の眠りを妨げないように、壁際のデスクでノートパソコンを開く。仕事の報告書はちょっと手直しするだけで済んだ。パソコンのデータを開いて、前に取り込んだ画像データファイルを探す。鍵のかかったひとつのファイルにパスワードを打ち込んだ。
『orenotensi-masaki』
打ってて自分でこっ恥ずかしくなるようなパスワードだ。暁はぼりぼりと頬をかきながら苦笑した。こんなパスワード、隠しているデータ以上に、雅紀にバレたらヤバいだろうが。
開いた画像は全て、自然公園で雅紀を隠し撮りした写真。まだ出会って間もない頃で、こっそり撮った写真が雅紀にバレてドン引きされないか不安で、思わず隠しファイルにしてしまった。
今より頬がほっそりしている雅紀の、初々しい表情。どの写真も撮られている意識がないから、すごく自然で眩しいくらい綺麗だ。
1枚1枚ゆっくりと眺めながら、雅紀との出逢いからこれまでを、ぼんやりと思い出していた。
最初から、期限付きの恋だと分かっていたら、こんなにも惚れ込まなかったのだろうか……。
いや。違う。それでも俺は多分、雅紀に惹かれずにはいられなかった。
観覧車で自分を見つめて雅紀が言った言葉を思い出す。あんなにも嬉しくて、でも苦しい言葉は他にはない。
雅紀の精神的な不安定さが落ち着くまでは、自分が側にいてやりたいと思った。秋音の方は何か思うところがあったようだが、俺の想いを汲んでくれた。だが……。
これ以上、雅紀の側にいたら、俺の方が持たないかもしれない。雅紀を穏やかな幸せで包んでやるどころか、かえって不安にさせてしまいそうだ。
暁は唐突に画像ファイルを閉じた。目を瞑り、心の中に呼び掛ける。
……なあ……秋音。俺もう、ちょっと限界だわ。悪いけどさ……
変な夢を見て、唐突に目が覚めた。一瞬ここがどこだか分からなくて、ぼーっと天井を見つめる。
部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間から射し込む月明かりだけが、部屋の中を浮かび上がらせていた。
……そっか……。俺、先に寝ちゃったんだっけ……。
徐々に記憶がはっきりしてきて、雅紀は首を動かして、隣の布団に寝ているはずの恋人の姿を探した。
こんもりとした布団の山。暁はこちら向きに、すやすやと寝息をたてている。暁がちゃんと隣にいることにほっとしたが、いつもぴったりとくっ付いて眠る彼の身体が、ちょっと遠いことが、なんだか凄く寂しい。
……俺……いつの間にか贅沢になっちゃってたのかな……。
可愛い。愛しい。好きだ。
そう何回も言ってくれるから、少しずつ少しずつ、隣に暁がいることが当たり前みたいになっていた。
今のこの距離感が普通なのだ。これで寂しいだなんて、我が儘過ぎる。
雅紀は、暁の方に伸ばしかけた手を、ぎゅっと握り締めた。
大好きだからこそ、ずっと一緒に笑っていたいからこそ、この一定の距離感は大切なのかもしれない。
甘え過ぎない。寄り掛かり過ぎない。
こんなちょっとの寂しさなんか、押し殺してしまえばいい。
雅紀は握り締めた手を、自分の口元に持ってきて、ぎゅっと目を瞑った。目の端から涙が、ぽろんと零れ落ちた。
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