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つきのかけら15

「おはよ」 むくっと起き上がった途端、横から声がした。見ると暁はもうしっかり起きて布団も畳まれていて、壁に寄り掛かって床に座り、煙草をふかしている。 「おはようございます。俺……寝過ごしちゃった?」 「いーや。まだ朝の6時だぜ。でもよく眠ってたよな。寝言まで言ってたぜ」 そう言って笑う暁に、雅紀は焦って 「うそっ。俺、何て?」 「もう、お腹いっぱいですーってさ」 雅紀はぱっと赤くなって 「うわ。俺、そんなこと言ってた?」 「なーんてな。冗談。何かぶつぶつ言ってたけどさ、よく聞き取れなかったぜ」 「うわぁ……でもぶつぶつは言ってたんだ……恥ずかし。暁さん、いつから目、覚めてたの?」 「んー……1時間前……ぐらいか?朝飯、作っといたぜ。もう食うか?」 雅紀は慌てて布団から立ち上がると、あたふたと布団を畳み始めた。 「起こしてくれればよかったのに。俺、手伝いたかったし」 「あんなあどけない顔でくーくー寝てるの、起こせるかよ。それにまだ時間はえーしな。焦って起きなくていいんだぞ」 「ううん。もう起きる。いっぱい寝たから」 大きな白シャツとトランクスだけの格好で、ぱたぱたと動き回る雅紀のすらっとした脚を、暁は目を細めて見つめながら、煙を吐き出した。 昨夜、寝る前に秋音に泣き言を送ったら、自分で解決するまでは絶対に沈むなと怒って突き放された。秋音は相当ご立腹な様子で、その後は完全に意識をシャットアウトされている。 まあ、秋音が怒るのも無理はない。俺が勝手に我が儘言って出てたくせに、すぐに弱音吐くなってことなんだろう。布団に入ってからも、雅紀の可愛い寝顔を見つめながら、しばらく悶々としていたが、知らないうちに眠ってしまったようだ。悩み事があっても、人は限界が来ると眠れるものらしい。 一晩寝て、悩み事が解決した訳じゃない。ただ、煮詰まり過ぎていた自分に気づくことは出来た。 昨日の俺の動揺に、雅紀は多分気づいていない。だったらこれからも気づかせないように、いつも通りの自分でいよう。いつか来るその時に怯えて、雅紀を不必要に哀しませない為にも、共に居れる1日1日を大切に過ごそう。 雅紀は、秋音のことは大好きで、俺のことは特別だと言った。でも、俺は秋音の1部なのだ。俺が秋音の中に溶け込んで消えてしまったとしても、秋音自身が雅紀の前から消える訳じゃない。そんな哀しい思いを雅紀に味あわせる訳じゃないのだ。 ……この時の俺は、自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、勝手に1人でいろいろ決めつけて、周りが見えなくなっていた。秋音と雅紀がそんな俺に対して、どんな想いを抱いていたかなんて、まったく気づく余裕がなかった。そのことを、後で、痛感させられることになる。 「やっぱさ、さっきの不動産屋の物件のがよかった気がするなー。あの○○駅徒歩8分のやつ」 「え。そうかな……。あれだと家賃高すぎだし。どうせ車で通勤なら、あんなに駅近じゃなくっても…」 「あれはさ、駅近が魅力ってより、風呂とキッチンの広さがいいんだよ。家賃だってさ、最初の予算より5,000円高いだけじゃん」 「月5,000円は大きいし。暁さん、キッチンはともかく、風呂場の広さにこだわり過ぎ」 「えー。そこ、めっちゃ重要だろ」 暁はムキになって、不動産屋からもらった資料を振り回す。 「どこの物件も風呂場の広さ、充分だったし。暁さん、こだわり過ぎるから、担当の女性がめっちゃ微妙な顔してた」 雅紀は恨めしそうな顔でそう言った。 「んー……んじゃ、おまえはどの物件が良かったんだよー」 「え。えっと……今のとこで紹介された○○駅から徒歩20分のやつ。今と同じ駅だし、築年数や間取りの割には家賃安いでしょ。駐車場付きだから、他でわざわざ借りなくていいし」 「あー…まあな。あれも悪くはなかったよな。風呂もトイレと別になってて、広いっちゃあ広いか」 暁はがさごそと資料を探し出し、その物件の間取り図をじーっと見つめた。 「風呂広いのこだわってんのは俺だしな。秋音の方はこれで充分か」 「あのね。暁さん。そこ、俺がいいな~って思ったのは、3階の角部屋でしょ。隣の部屋とは備品室挟んでるから、ちょっと独立した感じになってて…だから音とか気にしなくていいかもって」 ちょっともじもじしながらそう言う雅紀に、暁は不思議そうに首を傾げた。

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