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つきのかけら16

「今のボロアパートじゃねえんだぞ。あの作りの壁なら、隣の部屋の音なんか聞こえて来ねえよ。おまえって、そういうとこ、神経質だったっけ?」 「や……。違うし。俺が気にしてるの、聞こえてくる音じゃ、なくって…」 資料をにぎにぎしながら、じわっと頬を染める雅紀に、ようやく気づいたのか、暁はにやりとして 「あー……そっか。そういうことか。俺らの出す音が、気になるわけだ。ふうん……なるほど……ね」 「むー。何その顔、その言い方。すっごいムカつく」 「可愛いから怒んなよ。別に納得しただけだぜ。雅紀くんはやる気満々なんだな~ってさ」 にやにやしながら揶揄う暁に、雅紀は一気に耳まで赤くして 「…っ。サイテーだっ。そういうんじゃないしっ。もういいっ。暁さんのバカっ」 雅紀は完全に膨れて、手にした資料で暁をぱしぱしと叩いた。暁はおどけた顔でそれを手で制して 「分かった分かった。俺が悪かったって。んじゃ、そこに決定な」 あっけらかんと即決する暁に、雅紀は目を丸くして 「え…っ。もう決めちゃうんだ?」 「おう。俺もそこでいいぜ。不動産屋が言ってたじゃん。滅多に出ないレア物件だから、即決してもらった方がいいってさ。ほれ。次の客に取られちまう前に、決めてきちまうぞー」 暁はそう言いながら、さっさと車を降りる。雅紀も慌てて車を降りると、暁の側に駆け寄った。 不動産屋で申込書を提出して、手付金を払って車に戻る。こういう時の暁の行動力には脱帽だ。雅紀としては何回か休日を使って、いろいろまわって決めると思っていたから、あっという間に終わってしまった部屋探しに、ぽーっと呆気に取られるばかりだった。 「連帯保証人は田澤社長に頼んであるぜ。本決まりになったら敷金礼金手数料保険料なんかで、貯えはかなり減っちまうけどな」 「ね、暁さん。かかった費用はきっちり折半でお願いします。俺の貯金もまだ少しは残ってるから」 暁は雅紀の頭を撫でて 「分かってるって。んな心配そうな顔すんなよ。俺とおまえの新しい部屋だ。おまえが肩身の狭い思いしねえように、その辺はちゃんとするよ」 雅紀はほっとしたように頷くと、両手で顔を押さえて 「うわぁ……なんかまだ実感ないかも。あ。俺の借りてる部屋の手続きもしなきゃ」 「だな。多分、実際引っ越すのは来月以降だからな。おまえの部屋に置きっぱの荷物なんかも運び出さなきゃなんねえし。引っ越し決まったらレンタカー借りてさ、事務所の連中にも手伝わせて、引っ越し費用はなるべく浮かせるぞ」 暁はうーんっと伸びをして、ひどく楽しそうな笑顔だ。雅紀は暁の横顔をちらっと見て、手に持った資料をぎゅっと握った。 自分と一緒に住むことを、暁も同じように楽しみにしてくれている。そのことが凄く嬉しい。 「さーてと。予定より早く片付いちまったよなぁ。残りの時間は何して過ごす?」 暁の問いかけに、雅紀はうーん…と首を傾げた。 「どっか出掛けるには、中途半端な時間かなあ…」 「そういや、昼飯まだだよな。もう13時過ぎてるし、腹減らねえ?このままドライブがてらどっか食いに行くか」 「うん。じゃあお昼食べながら、次どうするか考えましょう」 上機嫌で車を運転する暁に、行き先は任せた。海岸線をしばらく走り、ふいに思いついたように、暁は最近出来たばかりの郊外のショッピングモールの駐車場に車を停める。 「ここさ。いっとき事務所で話題になって、1度来てみたかったんだよな」 「ふうん……。すっごい広い店」 「とりあえず、上のフードコートに行ってみようぜ。腹減った~」 ずんずん先に行く暁の後を、雅紀はキョロキョロしながら追いかける。 平日の昼間とは言っても、結構な客入りだ。普段、こういった郊外型の複合店に買い物に来ない雅紀には、色とりどりの雑貨や服の店が並ぶ光景は、ちょっと未知の世界だった。 「面白そうな店あるだろ?飯食ったらひと通りまわってみようぜ」 物珍しそうに、通りがかりの雑貨に見とれている雅紀の手をさりげなく掴む。雅紀ははっとして、周りを見回し、恥ずかしそうに手を引っ込めた。 「ここは、ダメ。人いっぱいいるし」 まあ、確かにここで男2人が手を繋いで歩いてたら、注目されるかもしれない。暁としては、そんなの一向に構わないのだが、雅紀にはストレスになるだろう。 暁は首を竦めて微笑み、手を繋ぐのは諦めた。

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