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つきのかけら17
エスカレーターで3階にあがると、だだっ広いフードコートが出現した。雅紀はわぁ…っと呟くと、客席と立ち並ぶ店を見回している。
「フードコートっていうから、俺、田舎のショッピングセンターの小さな広場みたいの、想像してた。お店が3つとか4つぐらいの」
「ははっ。すげーだろ。開店当時はこの客席ぜ~んぶ埋まっちまってさ、待ちの客が長い列作ってたってさ。さすがに今日はそこまでじゃねえけどな」
「ほんとに凄い……。お店、何軒あるんだろ。和食も中華も洋食もある。あ。ラーメン屋さんも」
「よくあるチェーン店じゃなくってさ、地方の有名店が出店してんだよ。ほれ、あそこ、見てみ」
暁の指さす方を見て、雅紀は目を輝かせた。
「あっ……あの牛タン屋さんっ」
「そ。仙台行った時に食ったろ?」
「うわっ……すっごい懐かしい…」
雅紀は嬉しそうにそう言って、牛タン屋に近寄っていく。暁が店先のメニューを指差し
「同じだろ?向こうで食べたのと。桜さんに言わせれば、やっぱ本場の方がいいらしいけどさ。これ見せたくて、おまえをここに連れてきたんだぜ」
雅紀はこくんと頷いて、店のメニューに載っている牛タン定食の写真を見つめた。本当に懐かしい。暁と仙台に旅行した時のことが、次々とよみがえってくる。
あれからいろんなことがあった。次から次へと事件が起きて、もう何年も前のことのようにすら感じる。
ぽやんと見とれている雅紀に、暁は苦笑して
「で。おまえ、何食いたい?別にここの牛タンじゃなくてもいいんだぜ。他の店も見に行ってみるか?」
「ううん。ここの牛タン定食……俺、食べたい」
「そっか。んじゃ、ここにすっか。肉2倍増しの方でいいよな。俺が注文するからさ、おまえ、どっか席取っといてくれるか」
「うん」
雅紀は頷くと、暁の手にしっかりと自分の分のお金を渡してから、空いている席を探しに行った。
注文した定食をトレーに乗せて、2人で窓際の席に戻る。牛タンとテールスープと麦飯。定食の内容は、仙台のお店とまったく同じだ。
2人でいただきますをしてから、食べ始めた。肉厚なのに柔らかくてジューシーな牛タン。初めての時は恐る恐る口にしたが、今回は思い切ってかぶりつく。
「ん~やっぱ美味いな。桜さんの評価は辛口過ぎるだろ」
「うん。美味しい。懐かしい味がする」
しばらくは2人とも黙って美味しい肉を堪能した。先に食べ終わった暁が、雅紀の食べている様子を満足そうに見つめていると、雅紀は箸を止め
「俺……あの時……暁さんが事故に遭って、記憶が秋音さんに戻っちゃった時…」
「……うん?」
「お別れした方がいいのかな……って……思ったんです」
暁は眉を寄せ、哀しそうに微笑む雅紀の顔を見つめた。
「お別れって…」
「俺のこと、大好きって言ってくれた暁さんは消えちゃった。秋音さんはもともとストレートだし、俺の事は単なる後輩なわけで。だから…」
「でも、結局、秋音だっておまえに恋したろ?」
雅紀はふっと目を伏せて微笑み
「うん……そうでしたよね……突然いなくなった俺、追いかけて来てくれた…」
「要するに、俺はおまえに惚れる運命なの。きっとさ、また記憶をなくしても、何度だって俺はおまえを好きになる。だからもう勝手にいなくなったりするなよ」
「うん」
運命とか言っちゃうし…。雅紀は照れくさそうに小さく呟いて、幸せそうに微笑み、また箸を動かし始めた。
……そうだ。何度記憶を失ったって、きっと俺はおまえにまた恋をする。おまえは俺の人生、最初で最後の最愛の恋人だ。
だから……許してくれよな。いつか消えちまう俺を。例え意識は消えてしまっても、俺のおまえへの愛は永遠だから……。
※※※※※※※※※※※※※※※
週5日の仕事をこなし、休日には2人で一緒にドライブしたり、カメラ片手に散策したり、部屋にこもって料理やお菓子作りを楽しんだり。
引越しはレンタカーを借りて、事務所の皆に手伝ってもらって、新しい部屋での2人の生活もスタートした。
逃亡していた主犯格の片岡は、日本に戻ってきてすぐ捕まった。彼の自供により、秋音の母親の事故も、やはり秋音の命を狙ったものだと判明した。
そうして、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬を迎えた。
全ての憂いが晴れ、暁の側で穏やかな日々を繰り返すうちに、雅紀の心の傷も癒えてきたようだった。
クリスマスを共に過ごし、新年を迎え、肩を寄せ合って寒い季節を乗り切り、ようやく春の優しい気配が近づいてきたその日ー。
暁は雅紀を誘って、あの自然公園のカタクリに、また会いに行った。
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