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つきのかけら18
「冬の間は遠のいてたから、ほんと久しぶりだ、ここ来るの」
カメラ片手に、はしゃぐ雅紀の笑顔がきらきらと眩しい。暁は目を細めて頷き、空を仰いだ。
「だな。今日は晴れてて陽射しもあったけーぜ。あー……春だよなぁ」
「ね、暁さん。カタクリ……もう咲いてる?」
「おう。サイト調べたらさ。花の絨毯まではいってねーけど、結構開花してるってさ」
「スプリング・エフェメラル。春の儚きもの……でしたっけ。1年ぶりの再会だぁ。楽しみっ」
雅紀の弾む声に、暁は優しく微笑んで
「ちょうど1年、なんだぜ。今日は。去年の同じ日に、ここに来たんだ」
「え……そっか……。だから暁さん、今日の休暇にこだわってたんだ……」
「そ。記念日だからな。俺とおまえの。だからどうしても、今日、ここに来たかったんだよ」
穏やかに微笑みながらそう言う暁に、雅紀はちょっと不思議そうに首を傾げた。
なんだろう。声も口調も表情も、いつもの暁と変わらないのに、なんだか……寂しそうに感じる。
「……暁……さん……?」
「おっしゃ~。会いに行ってみっか。可愛い春の妖精さんにさ」
暁はにかっと笑うと、戸惑う雅紀の手を握って歩き出した。
長い脚でぐいぐい芝の上を歩く暁に、引っ張られるようにしてついて行く。
この1年、暁にあちこち連れて行かれたおかげで、手を繋いで歩くのにもそれほど抵抗はなくなっていた。周りの視線は感じるが、だからどーしたとあっけらかんとしている暁の影響か、雅紀も最近は、かなり開き直っている。
園路をぐるりとまわり、途中で脇道にそれて石段を降りていく。1年前と何も変わらない光景に、雅紀は暁の腕にぎゅっと掴まり、口元をゆるめた。
昨日、仕事帰りに、出逢ってから1年目記念日をお祝いした。
一緒に過ごす『初めての○月○日』はこれからどんどんなくなっていく。2回目、3回目と同じ日付を過ごしながら、暁と秋音と一緒に穏やかに年を重ねていくのだ。
愛する人との、ささやかだが平穏で幸せな暮らし。共に暮らす日々の中で小さな喧嘩や価値観、生活観の違いはあった。でも、その都度2人で向き合い話し合って、解決してきた。これから先もそうやって、支え合い互いを尊重しつつ補い合って生きていく。
「どーしたぁ?何笑ってんだよ」
暁が顔を覗き込んでくる。雅紀は苦笑しながら首を横に振り
「……ううん。何でもない。幸せだなぁ……ってしみじみ思ってただけ」
「……そっか。……幸せか。おまえ、表情が柔らかくなったよな」
「えっ。そ、そうかな…?」
雅紀は慌てて自分の頬をぐにぐにする。暁は吹き出して
「ばっか。顔が柔らかくなったんじゃねえって。表情が、だぜ?」
「わ、分かってるし…っ」
「ま、おまえは昔からほわんとした雰囲気だったけどな。でもなんつーの?最近は切羽詰ったようなのがなくなってさ、すっげーいい表情だぜ。美人度が増した感じ?」
「うー……。なんかそれ、褒められてる気がしないっていうか……微妙…」
ぷくっとふくれた雅紀の頬を、暁はつんつんとつついて
「贅沢なやつ。でもそういう顔も可愛いから許してやるぜ」
誰かが傍から見てたら、砂糖を吐きそうな甘々っぷりだが、辺りには人の気配はない。聞こえてくるのは、風が木の葉を揺らす音と、小鳥のさえずりだけだ。
「俺もさ、すっげー幸せだよ。この1年、何回そう感じたか分かんねえくらいだ。昨夜も言ったけどさ、おまえに出逢えて……本当によかった…」
暁はしみじみと呟いて、雅紀の手を取りぎゅうっと握り締めた。
互いの手の温もりを感じながら、並んでゆっくりと石段を降りて行く。二股に分かれた小道を右に進み、小さな広場を抜けて、鬱蒼と茂る雑木林を通り過ぎると、一気に視界が開ける。
隣の雅紀が、うわぁ……っと呟いた。湿地帯の向こう側に見える山の斜面は、カタクリの花たちで紫色に染まっている。
「おっ…すげーな。昨日サイトで確かめた画像より、開花進んでるんじゃん。まるで花色の絨毯みてえだ」
「……ほんと…凄い……。去年より花の数増えてる…」
2人手を繋いだまま、しばし時を忘れて、目の前に広がる幻想的な光景に、黙って見とれていた。
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