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願いのかけら3
酔いに火照った頬に、やわやわと吹きつける夜風が心地いい。
あきらのアパートは、さっきの店とは駅を挟んで反対側で、15分ほど歩いた場所だった。
狭くて汚いと言っていたから、なんとなく想像していたけれど、途中見かけたどのアパートよりも、年代物の風格漂う建物で……。
「ついたぜ、ここの2階な」
むきだしの鉄製の外階段を、カンカンカンと軽快な音を響かせて上がっていくあきらを、唖然として見上げていると
「おーい、早くあがって来いって」
しんと静まりかえった住宅街に、あきらの声が大きく響いて、雅紀は慌てておっかなびっくり階段をあがり
「しーっ。あきらさん、声大きいっ」
あきらはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込みながら
「んー心配すんなって。まわり、空き地と公園だし」
「そうじゃなくて、他の部屋の人っ」
「俺の他には1人しかいないぜ~、ここ借りてんの。しかも夜の仕事してる人だし。多分、今、お留守」
「あ。そうなんだ」
あきらはガチャっと扉を開けて、ほっとしている雅紀を手招きし
「ま、入れよ。ちょっと散らかってるけどな」
「あ、はい、じゃ…お邪魔します」
おそるおそる中に足を踏み入れると、
「古いアパートでビックリしたろ?」
「え?や……あの……あーはい…なんというか……」
「オンボロ」
「いやいや、昭和レトロ? な感じ?」
あきらはくくく……っと笑いながら、靴を脱ぎ、先に立って歩きながら
「変な気ぃ遣わなくていいって。ここ、さすがに老朽化が酷くてさ、家賃は破格に安いけど、借り手もつかなくて、今年中に出なきゃならないんだ」
「え? そうなんですか?」
「そ。取り壊して別のもん建てるんだってさ」
あきらは首をすくめると、
「ここがキッチンな。ありえない狭さだけど、ちゃんと自炊できるよ」
「あきらさん、料理とかするんだ」
「まあな。外食ばっかだと不経済だし、体にもよくないだろ」
あきらは突き当たりのドアを指差し
「んでここ、トイレと風呂な。狭くて申し訳ないけど、一応掃除はマメにしてるから」
「あーはい」
横の襖を開けると、あきらは部屋の電気をつけて
「んで、こっちが一応リビング。ってか寝室か。まぁ、ひと部屋しかないから、ダイニングも兼ねるけどな」
その部屋は思ったより広かった。多分10畳ぐらいはありそうだ。窓は2方面にひとつずつあって、窓のないおそらく隣部屋との境は、全面が襖になっている。
あきらは上着を脱ぎながら、その襖を開け、
「ここは、押し入れ。こっち側半分はクローゼット。あ、スーツ脱げよー、いま部屋着出すから」
言いながらネクタイを外し、スラックスも脱いで、上着と別々にハンガーにかけ、ワイシャツと靴下は脱いで丸めて脱衣カゴに放り込んだ。
雅紀は何となく目のやり場に困って、下着がわりのTシャツとボクサーパンツだけの姿になったあきらに、くるりと背を向けた。
(……まずいだろ。男同士なんだから、変に意識しちゃダメだって。あきらさん変に思うだろ……。
でもこんなシチュエーション、俺初めてだし。
友達んとこ泊まるとか、学生の頃だってしたことなかったし……)
今更ながらに、雅紀は、軽い気持ちであきらについてきた事を、後悔し始めていた。
ノンケのあきらにしてみたら、同性の友人を部屋に泊めるだけだ。あの潔い脱ぎっぷりもごく自然のことなのだろう。
けれど、同性が恋愛対象の雅紀にしてみたら、何も感じない相手ならばまだしも、既に意識し始めているあきらに、部屋に誘われてついてきてしまったのだ。平然としていられるはずがなかった。
(……友人だ、友人。ただの友達。飲んで終電に遅れて、困ってたからひと晩泊めてもらうだけ。
今更、俺がゲイだって気づかれたら、あきらさんきっと困る。いや……怒る? 気持ち悪がられる?
……そうだよな……。多分嫌われる……。今までだってそういうこと、あったじゃん。
せっかく友達になれたのに。あきらさんに嫌われてしまうなんて……そんなの……嫌だ……)
「おーい、まさき。聞こえてるか?」
「え? あっ何?」
振り返ると、あきらは怪訝な顔をしていて
「どうした? 具合悪いか?」
「え……だ……大丈夫」
あきらは、眉をひそめ、立ち上がって雅紀の顔を覗きこみ、
「大丈夫って……顔真っ青だぞ。もしかして飲み過ぎたか? 吐きそう?」
「ほんと大丈夫。少し酔いがまわっただけ。じっとしてたら……そのうち治まるから」
「水、持ってくるから、とりあえずそこ座って」
あきらはそう言うと、慌ててリビングから出て行った。
雅紀は震える指でネクタイをゆるめ、ゆっくりと深呼吸して、窓際に置かれた2人掛けソファーに腰をおろした。
(……大丈夫。絶対気づかれたりしない。大丈夫。だからあきらさん……俺のこと……嫌いにならないで……)
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