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願いのかけら4
「どうだ? 少し落ち着いた?」
「うん」
あきらの持ってきてくれたペットボトルの水を、半分ほど一気に飲むと、ふぅっと息を吐き出した。
「上着脱いでネクタイ外して、ほら、首んとこ、もう少し楽にしろよ」
手伝ってくれるつもりなのか、かがみこみ、首に伸びてきたあきらの手を、雅紀はやんわりと押し止めて
「ん、だいじょーぶ。自分でやれます」
代わりに差し出されたペットボトルを、あきらはちょっと納得のいかないような顔をして受け取り、残りをぐいっと飲み干した。
「そんなに顔に出てないから気づかなかったけどさ、おまえ、酒あんまり強くないだろ」
脱いだ上着とネクタイを受け取り、ハンガーにかける。
「あーはは……。そんなに強くは……ないかな……」
「やっぱりかよ……」
「あ。でもっ美味しかった。あの冷酒、すごく飲みやすくって」
ちょっとはしゃいだ様子の雅紀に、あきらは苦笑しながら
「強くないならそう言えって。もっと軽くて美味い酒、いくらでも勧めてやったのに。でも顔色、だいぶ良くなってきたな」
「うん。もーへいき。それにしても、お酒も料理も美味かったなぁ…それにすごーーく楽しかった。俺、あんな楽しい酒って初めてかも」
「おーそいつはよかった。強引に連れていった甲斐があったな」
やっぱりまだだいぶ酔っているんだろう。最初の印象よりもかなりくだけて、更に子供っぽくなっている雅紀を、あきらは目を細めて見つめると、
「なんだろなぁ。おまえってさ」
言いながら手を伸ばし、雅紀の頭をくしゃくしゃっと撫でて
「なーんかやっぱ可愛いんだよなぁ」
途端に口をとがらせて、きっと睨みあげる雅紀の頭を、更にぐしゃぐしゃとかき回し
「ほら、そうやってすぐムキになるだろ? バカにしてるわけじゃないぜ。誉めてるんだよ。素直でいいな~って」
あきらの大きな手から、逃れようともがきながら
「や、それ絶対誉めてないからっ。もーーやめてって、あきらさんっ。人の頭おもちゃにしないでくださいっ」
完全にふてくされ顔で、あきらの手を掴んで引き剥がし、指を逆向きにねじりあげた。
「いってーっ」
「自業自得っ。あーもうやだなぁ。髪ぐしゃぐしゃだ。ところで、あきらさん。いつになったら服、着るんです?」
「あ? あーそっか、忘れてた。おまえの着替えも出してやんなきゃな」
あきらの過剰なスキンシップに、内心ドキドキしながら、雅紀はクローゼットの中を覗きこむあきらの後ろ姿を、横目で見つめた。
「あきらさんって、弟とか妹とか、いる?」
「んー? なんで? おっ。これとかまだ新しいな…」
衣装ケースの中から、Tシャツだのトレーナーだの、あれこれ引っ張り出して思案中のあきらは、雅紀の問いには半分上の空だ。
「だって、やたらと世話焼きだし、人の頭ぐしゃぐしゃするし。なんかお兄ちゃんっぽいなーって」
ようやく納得がいったのか、まだ新しそうなジャージの上下を差し出して
「とりあえずこれな、まだそんなに着てないから大丈夫だろ?」
「いや、俺、着古しでいいです。そんな新しいやつ」
「いーから。兄ちゃんの言うことは聞くもんだぞー弟。ほれっ着替えろって。ちょっとサイズ大きいけどな」
すっかり兄貴面で、反論は許さないとばかりに押しきられて、雅紀はしぶしぶ立ち上がり、今度は自分の部屋着を物色しているあきらに背を向けて、着替え始めた。
「ほっそいなー」
急に飛んできた声に振りかえると、いつの間にかこっちを向いていたあきらが、トランクスだけになった雅紀の足を、驚いたように見おろしていて
「ちょっ何見てんですかっ」
「いや~スーツの上から見ても細身だとは思ってたけどさ、おまえの足、細過ぎだろ」
あきらの言葉に顔から火が出そうになって、雅紀は慌ててジャージに足を突っ込み
「人の着替え、見てなくていいから、あきらさんも服着てっ」
「なに赤くなってんだよ、男同士なんだから、別に見たっていいだろ。でも、やっぱり俺の服じゃ大き過ぎるよなぁ。ゴソゴソだろ?」
あきらの言う通り、ウエストも丈もダボダボで。上も袖丈が余り過ぎてて。
大きすぎるジャージに、完全に着られてる感じのまさきを見て、何故かあきらは嬉しそうにニヤニヤしながら
「なんかいいな……それ。彼シャツって感じで。いや彼ジャージか? あ。ちょっと待てよ?ジャージじゃ色気ないよなぁ。俺のシャツ着て
みるか?」
「……あきらさん、さっきから俺で遊んでるでしょ。前言撤回。お兄ちゃんっぽい、じゃなくて、おやじくさいっ」
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