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第5章 記憶のかけら1
弟か妹。ね……。
雅紀から投げかけられた問いかけを、悪ノリで誤魔化して受け流した。答えたくても、俺には答えられない質問だった。
でももし俺に、弟がいたら、きっとこんな感じなのかもな。
すっかり元の顔色を取り戻した雅紀は、あきらが押し入れから出してきたカメラに、目を輝かせて夢中になっている。
整った顔立ちのせいか、無表情ですましていると、ちょっと近寄りがたい硬質な印象なのに、赤くなったり青くなったり、泣いたり笑ったり怒ったり、コロコロと変わる表情のせいで、つい余計なちょっかいを出したくなる。
「あきらさん。こんだけカメラ揃えられるなら、もうちょっと新しいアパート住めるでしょ」
今度はアルバムをめくりながら、あきらが撮った風景写真を食い入るように見ている。さっきぐしゃぐしゃにした髪の毛が、直しきれずに、ピョコっとはねてるのを見つけて、あきらは思わず吹き出した。
「は? 俺いま笑われるようなこと、言いました?」
「いーや。言ってないよ」
またからかわれるのかと身構えている雅紀に、あきらは微笑んで
「俺のカメラは実用機だからな。持ち歩くのが畏れ多いような高価なのはないよ。それにそのメーカー、もうカメラ業界から撤退してるんだ。そこの4台なんか全部中古で、一応ミドルクラスなのに、おもちゃみたいな値段で手に入ったよ。俺は好きだったんだけどな~そのメーカーの独特の色の出かたとかさ」
「ふーん……あきらさんやっぱ詳しいな。俺まだ始めたばかりだから、メーカー毎の色味の違いとかって全然だ」
「俺だって蘊蓄語れるほど詳しくないぜー。ただ、とにかく撮るのが好きなんだよ。納得のいく絵が切り取れた瞬間の、あのゾクゾクっとする感じがさ」
「いいな。俺まだそういう瞬間って味わったことない。あ。これ……」
ページをめくる雅紀の手が止まった。あきらが覗き込むと、海をバックにした母親と赤ん坊の写真で、自分でも気に入っている一枚だった。
「凄い……」
「俺がこのカメラ気に入ってるのはそういう色。なーんか、いいだろ」
「うん…青って冷たい色だと思ってたのに、こんなあったかい青もあるんだ……」
「あったかい青、か。なるほどな。そう言われてみれば、そうかもな」
「この親子……知り合い?」
「いや。偶然見かけて、思わずシャッターきってた。やべー盗み撮りじゃんって、慌てて声かけてさ、だんなさんもその場にいたんだけど、いいご夫婦でさ。後でプリント送ったら、いい記念になりましたって感激してくれて、お子さんの写真つきの年賀状、毎年くれてるよ」
雅紀は、ほぉっとため息をつくと
「そういうのって憧れるなぁ。あきらさん、やっぱり格好いいです。おやじくさいから昇格してあげますよ。違いの分かる大人の男って」
「……それって昇格っていうのかよ」
「明日……ってか、もう今日かな。どこに連れていってくれるんですか? カメラ持って」
「俺が一番好きな花の群生してるとこ」
「花?」
「うんまぁな。余計な先入観なしで、まずは見てみろって。まさきが気に入るかどうかはわからんけどさ。っつか、もうこんな時間かよっ」
あきらは時計を見て、目を丸くして
「話してたら時間忘れてたっ。朝起きれなくなるぞ。それは仕舞っとくから、まさきは歯、磨いてこいっ。シャワーは朝に浴びればいいだろ」
追い立てられるように、さっき買ったばかりの歯ブラシを持たされ、リビングから追い出され、雅紀はこっそりため息をついた。
「もっと話、してたかったのにな……」
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