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つきのかけら21
「雅紀……。おまえには、ほんとに感謝してるぜ。おまえのおかげで、俺は自分の存在意義を見い出せた。おまえに出逢えてからの1年はさ、俺、最っ高に幸せだった……」
「……ね……暁さん……?……なに……何言って」
「秋音には、バカなこと言うなって散々怒られたけどさ……。でもやっぱり俺は、この身体、秋音に返さなきゃいけねえんだよ。俺の存在は事故で生まれたイレギュラーだ。このまんまじゃ、おまえと秋音の邪魔になっちまう」
「っねえっ。暁さんっ。何言ってんの?!」
必死にもがく雅紀をぎゅうっと抱き締める暁の目に、涙が滲む。
「消えちまう……わけじゃねえんだ。秋音の中に溶け込んでさ、元のまともな状態に戻るだけだ。俺はいつだって、おまえの側にいる。おまえのこと、ちゃんと見守ってるぜ。秋音がおまえのこと、幸せに出来るか、俺がちゃんと見張っててやるからな」
「……っ暁さんっっ……待って、何?!どうして?!……っ顔っ。顔見せて!ね、手
離して!」
もがく雅紀を渾身の力で押さえつけ、雅紀のシャツの肩先で、溢れる涙を拭った。
「ごめんな。ほんと……ごめんっ。愛してるぜ。雅紀」
暁が何を言っているのか、まったく理解出来ない。そんな訳の分からない言葉なんか要らない。お願いだから、顔を見せて欲しい。
雅紀はパニックになりながら、自分の頭を押さえ込む暁の腕に、がぶっと噛み付いた。
「……っってぇ~~!」
暁は思わず悲鳴をあげ、腕の力をゆるめた。雅紀はその手を自分から引き剥がし、胸から顔をあげる。
痛そうに顔を顰める暁と目が合った。後ろめたそうなその目が、濡れて真っ赤に充血している。
「あっあきらっさんの、ばか!!!何言ってんの?何言ってんですか!?」
「おまっ……獣かよっ。思いっきり噛みつきやがって」
「そうじゃないっ。違うでしょ?暁さんこそ、意味分かんないから!」
雅紀は怒鳴り返すと、暁の胸ぐらをぐいっと掴む。聞いたこともないような雅紀の怒気を含んだ大声と、乱暴な行動に、暁は唖然として固まった。睨む雅紀の釣り上がった目が怖い。
「……ま……まさき……?」
目の前に迫る雅紀の顔が、苦しげに歪む。みるみるうちに盛り上がってくる雅紀の涙を、暁は呆けたように見つめた。
「イレギュラーって、何?!邪魔って、何?!そんなこと、誰が言ったの!?」
「……っ雅紀」
雅紀はぼろぼろ泣きながら、暁のシャツの襟を掴み締めて揺さぶり
「誰が……っそんなっそんな酷いこと言ったの?!……まともって、何?!暁さんのこと、否定するような言葉っ、おっ、俺ぜったいっ絶対許さない!!」
声を詰まらせ、悲鳴に似た言葉を必死に絞り出す雅紀に、暁は圧倒されてたじたじとなり
「……や……誰っつーか……俺が…」
「……ひど……っひどいよ……そんな、哀しいこと……っ暁さんが、考えてたなんて……。俺のっ俺の大事な人、なのにぃ……」
「……っ」
襟を掴む雅紀の手が震えている。ひぃっく…としゃくりあげながら、尚も言葉を重ねようとする、雅紀の息遣いがなんだかおかしい。暁は焦って雅紀の手首を掴むと
「ちょっ落ち着けって」
雅紀は、はくはくと苦しげに喉を震わせている。何か言おうとしているが、言葉にならない。これは……久しく出ていなかったパニックの症状だ。
……やべえっ。過呼吸になっちまった。
暁は雅紀の顔を両手でがしっと包むと
「な。落ち着け。ゆっくり深呼吸だ。頼むっ落ち着いてくれ」
息を吸い込むばかりで吐き出せなくなって、雅紀の顔がみるみる青ざめ苦痛に歪む。
「大丈夫だ。ゆーっくり息を吸って、ふうーーーって吐くんだ。焦らなくていいからな」
雅紀はぼろぼろ泣きながら、暁の言う通りに、大きく息を吸って止めると、必死にふうううーーーっと息を吐いた。それを何度も繰り返す。
「……落ち着いたか?」
暁の問いかけに、雅紀は無言で頷いた。顔色は良くなり、呼吸も元に戻ったが、疲れ果てたように、暁の胸にぐったりと寄り掛かっている。暁は肩を抱き寄せていた手を滑らせ、雅紀の柔らかいくせっ毛を優しく撫でた。
「……ごめんな……。俺の言い方が、悪かったよな。驚かしちまって……すまねえ」
「……言い方……とかじゃ、ないし……」
掠れた呟きに、暁ははっとして雅紀の顔を覗き込む。雅紀は放心したように虚空を見つめて
「暁さん……。俺と一緒にいるの……辛い…?」
「は……?」
「俺のこと、重い……?俺ってやっぱ、重たいのかな……」
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