364 / 366

つきのかけら22

沈み込んだ雅紀の声に、今度は暁の方が驚いた顔になる。 「何、言ってんだよ。んなわけあるかよっ」 「……俺ね……ずっと…考えてた……。観覧車で、告白した時……暁さん、苦しそうだったから。俺の気持ちって……暁さんにはちょっと重たいのかな…って」 ……観覧車……?……あぁ……あれか。あの時か。……っつーか、重い?雅紀が?……ちょっと待て、なんでそういうことに… 雅紀は暁にもたれかかったまま、ふぅ…っと切なげな溜息を漏らし 「暁さん、優しいから。俺のこと、見捨てられなくなってるのかもって。でも……一緒に暮らしててすっごく楽しかったし、暁さんも幸せそうだったから、きっと俺の勘違いだって……思うことにしてた」 「あったりまえだろ。んな訳ねえよ。俺がどんだけおまえのこと、好きだと思ってんだ」 雅紀はのろのろと顔をあげ、潤んだ瞳で暁を見上げて 「でも……俺と居るの……嫌なんですよね……だから」 「っ。違うって。さっき俺が言ったのは、そういうことじゃねえよ。俺だって、消えたい訳じゃねえさ。いつまでもこうしておまえの側に居てえよ。でもさ、俺はイレギュ…っと、いや、その、何つーの?えーと、ほんとなら存在しなかったもんなわけで。そのせいで秋音は、2つの人格とか、おかしな状態になっちまってるわけで」 また雅紀を興奮させないようにと、暁はしどろもどろに言葉を選ぶ。 「おかしく、ないし。秋音さんだって、そんなの気にしてないと思う。他の人たちだって、事情知らないと最初は驚くけど、分かれば納得してくれてて、何も支障ないでしょ?」 「初めはな。でもさ、ひとつの身体、俺と秋音で分け合って使ってんだぜ。そのうちいろいろ支障出てくるだろ」 「そんなの。出てからどうするか、考えればいいし」 「う……まあ、それは……そうなんだけどさ…」 雅紀の大きな目で真っ直ぐに見つめられて、暁は言葉を詰まらせた。 「暁さん、独りで抱え込まないで何でも言えって、2人で解決していこうって、俺にはいっつも言うくせに……。自分のことになると、そんな風に独りで悩んで苦しんで。俺は……それが……すっごく哀しい」 確かに……。雅紀の言う通りなのだ。反論の余地はない。 「雅紀……俺はさ、」 「あのね。俺が暁さんは特別って言ったの、無しにしてくれていいんです。そんな深刻に受け止めないで。全然重い気持ちじゃないんだから。俺は、側に居させてもらえればそれだけでいいんです」 わざと明るい声でそう言って、健気に微笑む雅紀に、暁はようやく悟った。あの時の自分の態度が、雅紀を深く傷つけていたことを。 ……違う……そうじゃねえよ。そうじゃねえって。あー……俺はほんと、バカか!? 暁は自分に舌打ちしながら、雅紀の頬を両手で包み 「違うんだ……俺は、そうじゃねえよ。おまえが俺を特別だって言ってくれたことはさ、ものすっごい嬉しかったんだ。でもさ、怖かった。俺は怖かったんだ。この身体は秋音のもんなのにさ、俺が乗っ取っちまうみたいで……。俺がいなきゃそんなややこしいことにはなんねーだろ?そう思ったら、恐ろしくなっちまった。おまえと秋音の幸せの為に、俺は消えるべきだって」 苦しそうにそう言う暁に、雅紀の目が見開かれていく。 暁は本気で怯えていた。どうしようもないジレンマに苦しんでいた。 「怖かった……?」 「ああ。こえーよ。おまえを好き過ぎてさ、この身体、もともと俺だけのもんなら良かったとかさ、秋音のこと、妬ましいとか思っちまった。ダメだろ……?俺がんなこと考えるのって、ダメダメだろ?こんなヤツ、秋音のこともおまえのことも、不幸にしちまうじゃん」 雅紀は息を飲み、自分の頬を包んでくれる暁の大きな手に、そっと自分の手を重ねた。 明るくて優しくて、前向きで包容力があって。自分の出来ないことを何でも出来て、知識も豊富で。 この人に、欠点なんか何もないんじゃないかと思ってた。完璧過ぎて自己嫌悪に陥るくらいだった。 でも……。 完璧な人間なんていない。 暁は暁で、苦しんでいたのだ。 優しいからこそ。包容力があり過ぎるからこそ。自分を愛してくれているからこそ。 己の存在が、いつか周りを不幸にしてしまうんじゃないかと、独りで悩んで怯えていた。 そんなこと、あるはずないのに……。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!