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つきのかけら23(最終話)

「もう……暁さんの……ばか…」 雅紀の指が優しく優しく、暁の手を撫でる。不安と怯えに揺れる暁の眼差しは、まるで迷子の子供みたいだ。 「もっと早く、言ってくれれば良かったのに。独りでずっと、苦しんでたんだ。そばにいたのに、暁さんの気持ち、気づいてあげられなくて……ごめんなさい。辛かったですよね…」 「……っ。雅紀…っ」 「暁さん、俺よりずっと大人でしっかりしてるから、俺、気づけなかった。これじゃ俺……恋人失格だ……」 暁は慌てて首を横に振る。雅紀は手を伸ばして暁の頬に触れ 「俺のこと、好きでいてくれてるんですよね?だから、身を引こうとしてくれた。そうなんですね?」 暁はどこかが痛むような顔をして、躊躇いがちに頷いた。雅紀は目に涙を滲ませながら微笑んで 「だったら……お願い、消えないで。俺の前から居なくなったり、しないで」 「……っや…っ。でもさっ」 「これから先、何か問題が起きたら、秋音さんと俺と3人で、一緒に考えていきましょう?お互いに、ちゃんと本音を伝え合って、その都度、乗り越えていきましょう?」 暁は唇を噛み締め、雅紀の目の端からぽろんと零れる涙を見つめた。 「いなくなったり、しないで。俺を置いて、いかないで。お願い…っ」 震える雅紀の声。 暁の目も真っ赤に充血している。 「イレギュラーなんかじゃないからっ。秋音さんと暁さん、2人が揃って1人の人間でしょ?どっちも大事な、俺の恋人でしょ?」 必死に歯を食いしばる暁の口から、嗚咽が漏れた。 「ねえ、暁さん、お願い。俺の……俺の3つ目のお願い、使うからっ。だから暁さんっ消えないでっお願いっっっ」 暁ははっとして、目を見開いた。 3つ目のお願い……。 そうだ。初めて会った日、雅紀と交わした約束。アラジンのランプみたいだと笑った、3つのお願い。 最後の1つは、大切に使いたいから取っておくと言っていた。 ……それを……今、使うのかよ…っ。 「……おま……おまえ……ずるいだろ……それ」 涙声の暁のぼやきに、雅紀はふるふると首を振り 「狡くていい。俺、悪者でいいから。俺のせいで構わないから。だから……お願いっ置いていかないで…っ」 暁は情けない顔になり 「ば……か……。おまえのこと、悪者なんかに出来るかよ。っくそ…っ」 雅紀の頭をぎゅっと抱き締めた。 ……完敗だろ。かなうわけねえさ。こんな可愛いカレシ、置いていけるはずねーじゃん 「迷惑いっぱい、かけちまうかもしれねえぞ。おまえまで、周りから変な目で見られるかもしんねえし」 「そんなの。全然、平気」 「秋音と俺、そのうち喧嘩とか、しちまうかもしれねえ。間に入って、おまえ大変だぞ」 「大丈夫。俺が仲裁するし。仲直り出来るまで、俺がちゃんと付き合うから」 「要らねえ苦労、背負い込むだけだぞ」 「そんなの全然、苦労じゃないし。暁さん……好き……大好き……。そばに……いて。これからもずっと……そばにいて」 「……っ」 暁は腕をゆるめ、顔をあげた雅紀の泣き濡れた目を見つめた。 哀しい涙はもう流させないと誓ったはずなのに、今こいつをこんなに泣かせているのは自分だ。自分の馬鹿さ加減が嫌になる。 「……消えねえよ。こんなに好きなのに、置いていけるかよっ。俺の方こそ、そばに……いてくれ。ずっとずっと……そばにいさせてくれっ」 「暁さん……っ」 ……暁のやつ。ようやく言えたな。まったく。世話の焼ける男だ。 抱き合って泣く2人に、秋音はほっと胸を撫で下ろした。面と向かって文句を言えるなら、暁に言ってやりたいことは山ほどある。それでもこの数ヶ月、雅紀には何も告げず沈黙を守っていたのは、暁自身が自分で雅紀にきちんと向き合い、決着をつけなければいけない問題だったからだ。勝手に思い詰め迷走する暁に、正直ハラハラしっぱなしだった。 この埋め合わせは、後で絶対させてやるからな。 『スプリング・エフェメラル。春の儚いもの。そう呼ぶんだそうだ。 ひとつの株が、花をつけられるようになるまで、7年かかるらしい。それまでは1枚の葉っぱで過ごして、7年後にようやく2枚葉になって、花を咲かせるそうだ』 俺の孤独を埋めてくれた運命の恋人。 愛してるぜ……。もう2度と、おまえを哀しませたりしない。 ー完ー

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