368 / 378
後日談 『おしおきー3』
あの時、藤堂のマンションから買い物に出た雅紀が、突然姿を消した。自分の為に貴弘の元へ行こうとして帰ったにしても、あまりにも唐突な失踪の仕方だった。
雅紀の状態がかなり落ち着いてから、改めてその時のことを尋ねると、雅紀は酷く躊躇いながらも教えてくれた。
「買い物帰りに……会っちゃったんです……。あの……元……カレに。あっちは、多分気づいてなかったと……思う。俺、パニックになっちゃってて……よく覚えてないけど……」
その言葉ですべて納得がいった。
雅紀の最大のトラウマなのだ。仙台の元カレから受けた仕打ちは。克服しようと努力して、そう簡単に出来ることじゃない。
その時の雅紀の心境を思うと、今でも胸が苦しくなる。どれほどショックだっただろう。恐らくは心の中で、必死に自分に助けを求めていたはずだ。
勇気を振り絞って雅紀が打ち明けてくれた辛い過去。事故のせいだったとはいえ、その大切な記憶すら失い、怪我の為に一緒に居てやれなかった。その時の自分の不甲斐なさが、どうにも悔しい。
「約束してくれ、雅紀。辛くなったらすぐに言うこと。絶対に独りで抱え込むなよ。おまえの不安や恐怖は、全然おかしなことじゃないんだからな」
そう言って秋音がぎゅっと手を握ると、雅紀はふんわりと微笑んだ。
「ふふ。前に暁さんも同じこと言ってくれましたよね。ありがとう。秋音さん。俺、我慢しないでちゃんと言うから。だから心配しないで」
「やあ。よく来てくれたね」
仙台に着いたその足で、直接、藤堂のマンションを訪ねた。藤堂は休日のラフな普段着で、にこやかに出迎えてくれた。
「お久しぶりです。藤堂社長。なかなかご挨拶にも来れなくてごめんなさい。その節はお世話になりました!」
秋音が口を開くより先に、雅紀は勢い込んでそう言うと深々と頭をさげた。藤堂は秋音と顔を見合わせて微笑むと
「君たちが着くのを、首を長くして待っていたよ。雅紀、頭をあげて顔を見せておくれ。君、また一段と美人になったんじゃないかい?」
ちょっとおどけたような藤堂の言葉に、雅紀はおずおずと顔をあげた。
「ああ、やっぱり。昨年より更に美人さんだな」
感心した声で褒められて、雅紀はじわじわと頬を染め
「や……そんなこと……ないです……」
さっきの勢いはどこへやら、消え入りそうな声でもごもご呟く。
「うまくいっているって聞いてたけど、妬けるねえ。幸せいっぱいの新婚さんか」
「藤堂社長。もうそれぐらいにしてやってください。雅紀、小さくなっていますから」
苦笑いの秋音が、藤堂の口撃を遮った。藤堂はにやりと笑って
「元気そうだな、都倉」
「ありがとうございます。お蔭さまでこの通りです。昨年は本当にお世話になりました」
「いやいや。俺は大したことはしてないよ。それより、玄関で立ち話もなんだな。さ、入ってくれ」
「はい。それじゃ、お邪魔します」
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!