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後日談 『おしおきー9』
2人のやり取りをぼんやりと見守っていた雅紀が、くいくいっと秋音の袖を引っ張った。
「ね、秋音さん。俺のせい……?こっちに戻らないのって……やっぱり俺が」
「ストップ。雅紀、そうじゃないだろう。俺の気持ちは、もう前から話しているはずだ。おまえのせいなんかじゃない。俺自身がそうしたいから決めたことだ」
「でも」
秋音は雅紀の手を両手で包むように掴んで
「なあ、雅紀。それはおまえの悪い癖だよ。おまえのせいで、俺が後ろ向きな選択をするはずがない。俺は、俺たちの為に、前向きな生き方を選んでいるだけなんだ」
穏やかな口調ではあるが、きっぱりと言い切った秋音に、雅紀は唇をきゅっと噛み締め目を伏せた。
確かにこの問題は、秋音とも暁とももう何度も話し合ってきた。2人とも同じ考えで、彼らの決意は固く、揺るぎそうにない。
でも……藤堂ほどの人が惜しいと言ってくれるのに……。そう思うと、雅紀の気持ちはどうしても沈んでしまう。
秋音と暁はそんなことはないと言ってくれるが、秋音が仙台に戻らない一番の理由は、やはり自分の過去のトラウマのせいだと思うのだ。
さっきの養子縁組のこと。そして仕事のこと。どちらも、秋音の今後の人生を大きく左右する決断だ。そのあまりにも大きな分岐点に、自分の存在が深く関わっていることへの畏れ。それが雅紀の心をどうしても萎縮させてしまう。
藤堂は2人の様子を黙って見守っていたが、やがて内心ため息をつくと眉を顰めた。
目の前の2人が互いに好き合っているのは間違いない。ただ、一番肝心な部分を、まだ消化しきれていないようだ。
おそらく、秋音が決断を急ぎ過ぎているせいで、雅紀の心が追いついていないのだろう。
好きだという気持ちだけで突っ走れるのは、恋愛の初期だけだ。
特に雅紀は、性格的にもこれまでの恋愛経験からも、悲観的な考えをしてしまう傾向が強い。ある程度までは、秋音がぐいぐい引っ張っていけばいいかもしれない。けれど、最初は小さかったお互いの気持ちの誤差は、時が経つほどに大きくなってしまう可能性もある。
もともとストレートな秋音と、ゲイであることに引け目を感じている雅紀。感じ方も考えも大きな違いがあって当然だ。
……これは少し……荒療治が必要なんじゃないのか?
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