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後日談 『おしおきー10』

リビングから引き上げると、秋音は一緒に雅紀の部屋へと向かった。 雅紀は少し酒に酔っていて、顔がほんのり赤く染まっている。部屋に入るとベッドに腰をおろし、ほお…っとため息をついた。 「疲れたか?」 隣に腰をおろす秋音に、雅紀は微笑みながら首を振り 「ううん。大丈夫。ただ……ちょっと酔ったかも」 「あれぐらいでか?おまえ、ほとんど飲んでいなかっただろう」 雅紀は火照る頬に両手をあてて、 「や。結構飲んだし。秋音さんも藤堂さんも強すぎるんだもん」 そう言って、雅紀は珍しく自分の方から秋音の身体にぽてんっと寄りかかり、胸に顔をすりすりしてくる。ほわほわと柔らかい髪の毛が、秋音の頬をくすぐる。秋音は思わず頬をゆるめ、雅紀の頭を優しく撫でた。甘え上手ではない仔猫が、すっかり安心しきって擦り寄ってくれているようで、なんだか可愛い。 「ねえ……秋音さん……?」 「ん?どうした」 「……俺のこと……好き……?」 「ああ。好きだな。おまえとこうしているとほっとするよ」 雅紀はちらっと上目遣いに秋音を見てから、また胸に顔を擦り寄せた。 「俺も……大好き……」 「……どうした?今日は随分甘えん坊だな」 「……うん……あのね……俺……」 雅紀は何か言いかけて、ふと口をつぐみ、秋音の背中に手をまわしてぎゅっと抱きついてくる。酔いのおかげで、いつもより気が大きくなっているのかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。 「なんだよ。言ってごらん」 穏やかに水を向けると、雅紀は背中にまわした手をぎゅーぎゅーして 「俺……….…したい」 雅紀の声は蚊の鳴くように小さくてよく聞き取れない。 「ん?何て言ったんだ?」 秋音が顔を覗き込むと、雅紀は何故か真っ赤になって顔を背け 「……っ。な……何でもない……っ」 顔をぎゅっと胸に埋めてしまった。 「なんだよ。おまえやっぱり酔っているんだな?」 秋音はふっと笑って、雅紀の身体をぐいっと抱き締めた。同じシャンプーとボディソープを使っているはずなのに、雅紀の身体からは自分とは違う、少し甘い感じのいい匂いがする。こんな風に密着していると、ちょっと堪らなくなってきそうだ。 「明日の温泉旅館、楽しみだな。そろそろ寝るか?もうこんな時間だしな」 食後に藤堂とかなり話し込み、その後も勧められるまま酒を飲んでいたから、もう日付が変わってしまっている。明日の温泉旅館は、1年前に泊まったのと同じ宿だ。今回の仙台行きを計画した時から、雅紀はすごく楽しみにしていて、その為に節約してせっせと旅行資金を貯めていたのだ。あまり夜更かしして寝坊でもしてしまったら、せっかくの旅行が台無しになる。 秋音が促しても、雅紀はしばらく身体をくてっとさせたまま、黙って秋音に抱きついていた。普段あまり飲まないから、やはり結構酔っているのだろう。じっとしていたら、そのうちこのまま眠ってしまいそうだ。 「ほら。雅紀。これじゃちゃんと眠れないだろう?ベッドに横になれよ。俺もそろそろ部屋に戻るから」 そう言って優しく身体を揺すると、雅紀はもぞもぞして、名残惜しげに埋めていた顔をそろそろとあげる。 「んー……もう、寝るの……?」 ちょっと拗ねてる不満顔が可愛い。秋音は乱れた雅紀の髪を撫でつけてやり 「ほーら。おまえ、ずっと楽しみにしていたんだろう?明日起きられなくなるぞ」 雅紀は眉をきゅーっと顰め、手を離してのろのろと身体を起こした。秋音はぽんっと雅紀の頭を軽く叩くと、雅紀の前髪をかきあげておでこにキスを落として立ち上がった。 「ゆっくり休めよ。おやすみ」 何か言いたげな雅紀ににこっと微笑むと、秋音は部屋を出て行った。

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