379 / 452

後日談 『おしおきー14』

1年前、こちらにお世話になった時、藤堂から下の名前で呼んでくれと言われたのを思い出した。ついでに、あの時、藤堂に口説かれたことも思い出し、雅紀はもじもじして少し腰を浮かしかけた。 「や、あの……俺……」 藤堂はふふっと笑うと 「冗談だよ。もう君は完全に都倉の恋人だもんなあ。あの時とは違うって、ちゃんと分かっているよ」 「……」 あれからずっと飲んでいたのだろうか。藤堂は珍しく少し酔っているようだった。喋り方も表情も、いつもよりかなりくだけた感じがする。 「ただね。ちょっと気になったことがあるんだ。君たちを見ていてさ」 藤堂の言葉に雅紀は首を傾げ、浮かしかけた腰をおろした。 「気になった……こと……?」 「うん。ねえ雅紀。君は自分の気持ちを、きちんと都倉に伝えることが出来ているのかい?」 「え……あの……」 「いや。籍のこととか、仕事のこととか、これから先の2人の未来についてなんかもさ。都倉の一方的な気持ちじゃない、君自身の本音を、言えているのかなあってね」 藤堂の穏やかな口調だが鋭い指摘に、雅紀はあいまいな表情を浮かべて、手元のボトルに視線を落とした。それを横目に見ながら、藤堂は灰皿を引き寄せ、煙草に火をつけると、ふうっと深く吸い込み煙を吐き出した。 「君はゲイだ。でも都倉はそうじゃない。ノンケに恋をするってのは、なかなか大変だろう?」 雅紀はペットボトルをぎゅっと握り締めた。 それは雅紀の一番のウィークポイントだ。でも、暁と秋音がゆっくりと時間をかけて、雅紀の心の中にある大きな壁を崩してくれている。これだけ大切にされていて、今更彼らの気持ちを疑うなんて…ありえない。 ……それでも…。 ふとした瞬間。どうしても心が弱くなる。こんな自分が嫌で堪らないけれど、少し油断すると、不安な気持ちがじわじわと押し寄せてくる。 例えば、暁におしおきだと言って、自分にずっと触れずにいる秋音が、全然平気そうにしているのが……すごく気にかかる。 欲しがっているのは自分だけなのかな……なんて……思ってしまうのだ。 もちろん、身体の結びつきだけが愛情表現じゃない。そんなこと、頭では分かっている。自分はきっと欲張りになってしまっているのだろう。 ……分かっている。

書籍の購入

61
いいね
0
萌えた
53
切ない
0
エロい
30
尊い
リアクションとは?
コメントする場合はログインしてください

ともだちにシェアしよう!