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後日談 『おしおきー14』
1年前、こちらにお世話になった時、藤堂から下の名前で呼んでくれと言われたのを思い出した。ついでに、あの時、藤堂に口説かれたことも思い出し、雅紀はもじもじして少し腰を浮かしかけた。
「や、あの……俺……」
藤堂はふふっと笑うと
「冗談だよ。もう君は完全に都倉の恋人だもんなあ。あの時とは違うって、ちゃんと分かっているよ」
「……」
あれからずっと飲んでいたのだろうか。藤堂は珍しく少し酔っているようだった。喋り方も表情も、いつもよりかなりくだけた感じがする。
「ただね。ちょっと気になったことがあるんだ。君たちを見ていてさ」
藤堂の言葉に雅紀は首を傾げ、浮かしかけた腰をおろした。
「気になった……こと……?」
「うん。ねえ雅紀。君は自分の気持ちを、きちんと都倉に伝えることが出来ているのかい?」
「え……あの……」
「いや。籍のこととか、仕事のこととか、これから先の2人の未来についてなんかもさ。都倉の一方的な気持ちじゃない、君自身の本音を、言えているのかなあってね」
藤堂の穏やかな口調だが鋭い指摘に、雅紀はあいまいな表情を浮かべて、手元のボトルに視線を落とした。それを横目に見ながら、藤堂は灰皿を引き寄せ、煙草に火をつけると、ふうっと深く吸い込み煙を吐き出した。
「君はゲイだ。でも都倉はそうじゃない。ノンケに恋をするってのは、なかなか大変だろう?」
雅紀はペットボトルをぎゅっと握り締めた。
それは雅紀の一番のウィークポイントだ。でも、暁と秋音がゆっくりと時間をかけて、雅紀の心の中にある大きな壁を崩してくれている。これだけ大切にされていて、今更彼らの気持ちを疑うなんて…ありえない。
……それでも…。
ふとした瞬間。どうしても心が弱くなる。こんな自分が嫌で堪らないけれど、少し油断すると、不安な気持ちがじわじわと押し寄せてくる。
例えば、暁におしおきだと言って、自分にずっと触れずにいる秋音が、全然平気そうにしているのが……すごく気にかかる。
欲しがっているのは自分だけなのかな……なんて……思ってしまうのだ。
もちろん、身体の結びつきだけが愛情表現じゃない。そんなこと、頭では分かっている。自分はきっと欲張りになってしまっているのだろう。
……分かっている。
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