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後日談 『おしおきー30』
墓参りの後、隣接する公園のベンチに腰をおろした。雅紀はハンカチを握り締め、ぐすぐすと鼻をすすっている。
ベンチの周りに植えられた桜は、まだ五分咲きといったところか。薄青い空に溶け込みそうな、淡い桜色の花弁が揺れている。その隙間から見える空には、儚くも美しい昼の月がぽっかりと浮かんでいる。
「何か飲むか?たしか駐車場の脇に、自販機があっただろう」
秋音の言葉に、雅紀は弾かれたように顔をあげた。大きく見開かれたまあるい瞳に、不安と怯えが滲んでいる。
「ううん。俺、飲み物は要らない。秋音さん、欲しいなら、俺が買ってくるから。だからここにいてっ」
早口にそう言うと、焦ったように財布をポケットから取り出し立ち上がる。秋音はその手をそっと押さえた。
1年前と同じシチュエーションに、事故の記憶がよみがえったのだろう。青ざめ強ばる雅紀の顔を見つめて、秋音は胸の痛みを抑えると、安心させるように微笑んだ。
「いや。俺もそんなに飲みたいわけじゃないぞ。いいから座ってろ」
犯人は捕まった。事件は解決した。もう俺を車で轢き殺そうとする者はいない。そう、どれだけ言い聞かせたところで、雅紀が心に負った傷が消えるわけじゃない。
おずおずと座り直した雅紀の肩をぐっと抱き寄せ、柔らかい髪の毛を優しく撫でながら、しばらくは黙って雅紀が落ち着くのを待った。
「……ごめんなさい。俺……なんか……取り乱しちゃいましたよね」
雅紀が小さな声で呟く。肩を落とし項垂れて、落ち込んだ声を出す雅紀が痛ましい。秋音はぽんぽんと雅紀の背中を叩いて
「ばかだな。謝るな。辛いことを思い出させて悪かった。それより、そろそろ行くか。次のバスが来るまで、あと15分ぐらいだ」
雅紀は腕時計を見て顔をあげ
「ほんとだっ。それ逃したら、1時間ぐらい、次が来ないし。急がないとっ」
焦って立ち上がる雅紀に、秋音は苦笑して
「バス停まで10分もかからないだろう。そんなに慌てなくていいぞ」
雅紀の手を握って歩き始めた。
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