396 / 449
後日談 『おしおきー31』
路線バスで田舎の小さな駅まで行き、別のバスに乗り継いで旅館に着いた。バスに乗っている間に、雅紀はすっかり元気を取り戻し、道沿いの桜並木に小さな歓声をあげた。
バス停で降りて、旅館が見えてくると、嬉しそうに目を輝かせ
「うわ。懐かしい~。ね、秋音さん、早く早くっ」
カメラを取り出し、鄙びた温泉街にシャッターをきっている秋音を、はしゃぎながら急かす。秋音はすかさずそんな雅紀を写真におさめると、
「こら。危ないから後ろ向きで歩くなよ」
「えー。大丈夫だし。子どもじゃないんだから」
ぷくんとむくれる顔にもシャッターをきる。
……いや。充分、ガキだろう。
秋音は内心苦笑して、目の前の温泉旅館を見上げた。暁の記憶としては覚えているが、秋音自身は初めて来る宿だ。女性に人気の宿というだけあって、こじんまりとした佇まいだが、外観が小洒落ている。
仙台で1泊は温泉旅館に泊まるという計画を立てた時、雅紀は真っ先にこの宿の名をあげた。東北の温泉なんて滅多に行けないんだから、別の宿にも泊まってみたらいいんじゃないか?という俺の提案に首を振り、絶対にここがいいと珍しく頑固に言い張った。雅紀がそれほど気に入っているのなら、もちろん俺に異論はなかったが。
部屋に通され、仲居さんが挨拶と説明をしてから出て行くと、雅紀はほうっとため息を漏らした。
「どうした。はしゃぎ過ぎて疲れたか」
秋音が笑いながらそう言うと、雅紀は幸せそうにふにゃんと頬をゆるめ
「だって……またここに来れた。すっごく嬉しいんです、俺。去年来た時は、先のこと全然、想像なんか出来なくて。また一緒にここに来れたなんて、ほんと……夢みたいだ……」
……なるほど。雅紀がどうしてもこの宿に拘ったのはそれか。
確かに彼の言う通りだ。お互いに深い好意を抱いてはいたが、あの頃はまだ暗中模索の状態だった。俺自身の命がどうなるかも分からず、雅紀も心の中に深い闇を抱えていた。あの時まるで夢物語のように感じていた未来。地に足の着いた今だからこそ、余計に感慨深い。
「だったらこれは、新婚旅行のやり直しだな。雅紀」
秋音の言葉に、雅紀はゆるんだ目元をほんのりと染めて、照れたようにはにかんだ。
書籍の購入
コメントする場合はログインしてください
ともだちにシェアしよう!