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第10章 春の儚きもの

「さて。そろそろ今日の目的の場所に行ってみるか」 昼食を終え、食後の一服も堪能してから、あきらはそう言って立ち上がった。 (…ちなみに、プリンと杏仁豆腐は、まさきの要望で、2人で半分ずつ分けあって食べた。) 待ってましたとばかりに目を輝かせるまさきを連れて、展望台から元のルートに戻ると 「写真撮るには、ちょっと陽射しがきつくなっちまったけどな」 そう言いながら、あきらが案内してくれたのは、湿地の奥の山の斜面で―。 遠目だと、斜面全体が紫色の絨毯のように見えた。近づくにつれ、それがおびただしい数の花の群れだと気づく。 まさきは言葉を失くして、目の前に広がる光景を見つめた。 「あれが俺の一番好きな花。カタクリだよ」 「カタクリ…」 それは不思議なきらめきだった。 山の斜面に寄り添うように咲いている花は皆、うなだれるように下を向いている。 なのにその花弁はくるんと外側に反り返り、凛とした佇まいを魅せていた。 数えきれないほどの花が、群れて咲いているのに、ひと花ひと花が独立した個性を持ち、孤高の美しさを放つ。 しっとりとひそやかに咲いている花なのに、まるで炎が揺らめいているように見えた。 相反する印象が、ためらいなく同居する花。 Spring ephemeral ―春の儚きもの― カタクリ 初めて目にした、その幻想的な光景に、まさきは、自分が泣いていることにも気づかないまま、茫然と立ちつくしていた。 

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