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第11章 春の儚き夢1
…泣いてんのかよ
立ち止まったまま、動こうとしないまさきに、声をかけようとして、あきらははっとして、開きかけた口を閉じた。
身動ぎひとつせず、はらはらと涙をこぼしているまさきの顔は、胸が痛くなるほど切なくて綺麗だ。
…参ったな…そんな顔すんなよ…
感動してくれるかも…、とは思っていた。
あきら自身、この光景を初めて見た時から、この独特の雰囲気に魅了され、毎年花が咲くのを心待ちにしているのだ。
まさきも同じように、気に入ってくれたら嬉しい。
そう思って連れてきた。
…でもまさか、泣いちまうなんて…
あきらの視線に気づいたのか、夢から醒めたような顔をしたまさきと目が合う。
「あれ?なんだろ。ちょっと感動して…ぼんやりしちゃってました」
照れたように笑ってから、自分が泣いていることにようやく気づいたのか、
「え…あ…やだな、俺、何で泣いてんだろ?」
焦って目をこすろうとするまさきの腕を、つかんで引き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせる。
「えっちょっとあきらさんっ」
「そんな顔して泣くなっつってんのにおまえは~。目、こするな。いいから泣き止め」
「やっ…ちょっと、ここ外だからっ離してっあきらさんっ」
「誰も見てねーよ」
もがくまさきの顔を、自分の胸にぎゅっと押しつけて、優しく頭を撫でてやると、まさきは諦めたのか、大人しくなった。
「感動したんだ?いいだろ、カタクリ」
腕の中のまさきが、無言で頷く。
「スプリング・エフェメラル。春の儚いもの。そう呼ぶんだそうだ。
毎年この時期に夢のように咲いてさ、花が終わると地面の上が枯れて、また次の年の花の時期まで、地面の下で眠って過ごすんだと」
「切ないよな~あの光景、2週間ぐらいで幻みたいに消えちまうんだぜ」
「ひとつの株が、花をつけられるようになるまで、7年かかるらしい。それまでは1枚の葉っぱで過ごして、7年後にようやく2枚葉になって、花を咲かせるそうだ」
あきらの穏やかな声が、耳から入るだけじゃなく、顔を押し当てている胸からも伝わってくる。
「7年…?」
胸から顔を離し、見上げると、あきらは優しく微笑んでいた。
「そ。7年。んー泣き止んだな。でもおまえ、目と鼻が真っ赤だぜ」
その言葉にまさきは、じたばたと暴れ出した。
腕を突っ張り、あきらの身体を押し返して、ようやく抱擁から逃れると、焦ったようにあたりをキョロキョロ見回す。
「誰も見てないなんて、嘘つきっ。人、いるじゃんっ」
カタクリ目当てに訪れたのだろう、カメラを持った人が数人、何事かという表情で、遠巻きにこちらを見ている。
まさきは、ボンっという音が聞こえそうなくらい顔を真っ赤にして、あきらのすねに蹴りを一発くらわせた。
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