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春の儚き夢2

「おまえさ、びっくりするくらい、泣き虫の感動屋だな。…ちょっと足癖悪いけどさ」 あきらは、まだ蹴られた脛が痛むのか、顔をしかめながら、組み立て式の三脚を、柵の手前に設置している。 少し離れた所で、しゃがみこんだまさきは、斜面の一番下の、ちょうど目線の位置で咲いている、カタクリの花を見ていた。 「まだ拗ねてんの?おーい、まさきくん」 「今、カタクリとお話中です。邪魔しないでください」 「…おい。おまえ、花と会話できるのかよ」 「……。」 あきらは、これみよがしに大きな溜め息をついて、望遠レンズをつけたカメラを三脚にセットすると 「せっかく、望遠レンズの面白い使い方、教えようと思ったのになぁ」 まさきの肩がぴくりと動く。 …お。釣れそうか? 素知らぬ顔で、ファインダーをのぞき、斜面の花の密集している場所にピントを合わせながら、メインに出来そうな美人のカタクリを探してみる。 …あの辺、いい感じに重なって咲いてんな…いや、ダメか、表情のいいのがいない。んー…と、おっ…あれだ。 横目でそっとまさきの様子をうかがうと、花との会話よりも好奇心が勝ったらしい。興味津々といった感じでこちらをじーっと見ている。 あきらは口元がゆるみそうになるのを必死でこらえた。 …なんだよ、あのわかりやすい反応。めっちゃガン見してるじゃん。 尚も知らんぷりして、狙いの花にピントを合わせ、シャッターをきった。モニターで写り具合を確認する。 まさきは完全に好奇心の塊になったようで、すぐ側までそろそろと近づいてきて、あきらと斜面のカタクリをしきりに見比べている。 …まるで子猫みたいだな。警戒心強いくせに、気になるものを見つけると、我慢出来ないっつー感じが。 よし。そろそろいいか。首根っこ捕まえてやろ。 あきらはカメラから顔をあげ、目が合ってバツ悪そうに後退りかけたまさきに、とっておきの笑顔を見せて 「これ、ちょっと見てみ」 あきらの笑顔に、まさきはちょっと胡散臭げな顔をして、それでもカメラの誘惑に抗えないのか、おずおずとファインダーをのぞきこんだ。 「マニュアルフォーカスで、とびきりの美人さんにピント合わせてあるよ。分かる?」 「あ…はい。左端から茎がのびてるヤツ?」 「そ。その手前の花と後ろの花は、前後のボカシに使う」 あきらはまさきの右横から、カメラを指差し、 「花を柔らかい感じで撮る時は、絞りはなるべく開ける。設定は絞り優先のAモード。F値に合わせてシャッタースピードはカメラがやってくれるからな」 「うん」 「望遠レンズで柔らかいボカシを作りたいなら、レンズを望遠側にして、できるだけ撮りたい被写体に近づくんだ」 「あ、はい」 「一番手前の花の葉っぱ部分は、あの美人さんの下の方にふわっと重なってボケる。んで、後ろの花な。美人さんのすぐ左後ろの花は、近すぎてピントが合っちまう。引き立て役にはならないから、写らないようにするんだ。右奥に連なって咲いてる花たちが、後ろのボカシ役担当な。その状態でシャッターきってみな」 まさきはコクンとうなづくと、緊張しているのか息を殺して、シャッターボタンに置いた指に力を込めた。 ―カシャ― ほっとして、慌てて呼吸を再開しているまさきに、あきらは微笑んで 「そんな息つめなくても大丈夫だよ。三脚使ってるし、そのカメラ自体に手振れ補正がついてる。息を殺すとかえって震えるんだぜ。手持ちで撮るなら、静かに息を吐き出しながらシャッター押した方がいいと思うよ」 「あ。そうなんだ…」 照れたように笑ってあきらを振り返るまさきの表情に、さっきまでの不機嫌さは消えている。 …無邪気な笑顔してくれちゃって、く~~可愛いヤツっ 頭を思いっきりくしゃくしゃしてやりたい衝動を抑え込み、あきらは余裕の微笑みを浮かべた。 「モニター確認してみろよ」

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