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春の儚き夢4
…あいつ…なんで急にあんな顔したんだ?
展望台の下の広場のトイレに行った後、自販機で缶コーヒーを2つ買ってから、あきらは端のベンチに腰をおろした。
ちょっと悩んでから、コーヒーを開けて一口飲んだ。ポケットから煙草を取りだし、口にくわえてマッチを擦る。
首からさげたカメラの記録メディアには、カタクリの写真よりも、こっそり撮ったまさきの写真の方が多いはずだ。
まさきがカタクリに夢中になっているのをいいことに、単焦点レンズでも何枚か撮らせてもらった。
あきらは煙草を口にくわえたまま、カメラのスイッチを入れた。
液晶モニターに再生された画像を、1枚1枚チェックしていく。
午後になっても今の季節だ。陽射しは柔らかく、特にカタクリの咲く周辺は大木が多いから、降り注ぐ木漏れ日は光の筋になって、被写体に綺麗な陰影をつけていた。
写真の中のまさきは、怖いくらい真剣だったり、微笑んでいたり、悩んでいたり、さまざまな表情をしていて、見ていると自然と口元がゆるんでくる。
…やばいよな~自分で撮った写真見て、にやけてるとか。はたから見たら危ない人だろ、俺。
最後の方の数枚は、急にカメラから顔をあげたまさきが、ぼんやりと遠くを見るような目をし始めたヤツだ。なんだろうと気になって、レンズを単焦点から望遠に替え、ズームして撮った。
…この顔だ。目元が赤くなってきて…なんつーか…色っぽい?
…キスしてた時、こんな表情してた…よな…
目元を染め、唇をうっすらと開き、ちょっとせつなげな表情になったまさきに、あきらはドキリとして、急に隠し撮りが後ろめたくなって、慌ててカメラの電源をおとし、彼に声をかけたのだ。
…この写真はやっぱヤバいだろ……白昼堂々、なんつー顔してんだよ。
…いや、ヤバいのは俺だ。隠し撮りはまずかったよな。あいつに見つかったら、拗ねられるどころじゃ済まないだろ。気味悪がられるか…嫌われるか…
あきらは、いつのまにかフィルター際まで燃えていた煙草を、携帯灰皿にねじこむと、カメラの電源をおとして、はぁーっとため息をついた。
…嫌われるのは…痛いな…。もう会いたくないとか言われたら…俺ちょっと立ち直れないかもしれん…。
撮った写真全部、削除しちまった方がいいよな…でも…消したくないんだよな…
「どうすっかなぁ~」
あきらは、ひとり呟いて、頭を抱えた。
あきらが戻ると、まさきはカメラバッグ2個とデイバッグ、更には分解していない三脚まで抱えて、こちらに向かって歩き始めているところだった。
「何やってんの?おまえ…」
「あっあきらさん!よかった~~戻ってきた~」
まさきは大荷物を抱えたまま、へなへなとその場にへたりこむ。
「戻ってくるよ。当たり前だろ」
「だって。40分経っても戻ってこないから、俺だんだん心配になってきて…なんかあったんじゃないかって」
「え?そんなに俺、待たせてたのか?悪いっ」
荷物にのし掛かられているまさきから、バッグや三脚を取り除いて救い出してやると、腕をつかんで引き起こし
「ほんと悪かった。…ちょっと気になる被写体見つけてさ、夢中になってて時間忘れてた」
まさきはあきらのカメラをまじまじ見て
「そっか~カメラ持ってたんですよね、あきらさん。写真撮ってるって可能性もあったんだ。ここ、電波悪くてスマホ繋がんないし、何か悪い想像ばっか浮かんできて…」
気が抜けたのか、ベンチに座りこんだまさきの頭を優しく撫でて
「それで三脚まで抱えて、探しに来ようとしてくれたのか。本当にごめん…うっかりしてた」
隣に腰かけ、缶コーヒーを渡してやると、まさきはにっこり微笑んで
「やっ、いいんです。何にもなくてよかった。あ…コーヒーありがとうございますっ」
その笑顔が眩しい。っていうより罪悪感に苛まれて、心が痛い…。
「な、おまえ明日は仕事なんだよな?」
「あ、はい。明日は普通に仕事ですよ」
「今日の夜はあんま遅くなれない…よな?」
「あー…ですね。あきらさんの部屋に、スーツとか鞄置きっぱだから、取りに行って着替えないとだし」
「だよな。あのさ。俺、夜、人と会うって言ったろ?仕事なんだけどさ、用件自体はそんな時間かからないんだ。書類渡して報告する程度な」
「あ、はい」
何を言い出すのかと、まさきは怪訝な顔をして、あきらを見つめた。
「ただ、夜7時っていう中途半端な時間でさ、おまえと夜飯食うとなると…」
「あーそういうことですか。いやっいいです、俺。夜は帰ってから食うし。部屋戻って着替えたらそのまま帰るんで」
「いや、俺がよくない」
「は?」
「俺はちゃんとおまえと夜飯もゆっくり食いたいの」
「…はぁ」
「でさ、ここ出た後、俺のアパート戻って着替えたらさ、約束してんの○○駅前のホテルのラウンジだから、そこの上のレストランで一緒に夕食。な」
「え…」
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